ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Sebastian Barry の “On Canaan's Side” (1)

 今年のブッカー賞候補作、Sebastian Barry の "On Canaan's Side" を読了。さっそくいつものようにレビューを書いておこう。

On Canaan's Side

On Canaan's Side

On Canaan's Side

On Canaan's Side

[☆☆☆★] 第一次大戦末、アイルランド内乱の災禍を逃れてフィアンセともどもアメリカに渡った女性が「カナンの側」、約束の地で出会った数々の苦難と喪失の物語。定石どおり家族の絆と愛が描かれ、それなりに感動的ではあるが、この古びたテーマに斬新な角度から取り組んだ作品とは言いがたい。移住直後から第二次大戦、ヴェトナム戦争、さては湾岸戦争と、現代にまでおよぶ大きな歴史の流れを背景にしている点が目だつ程度。それも後半ほど図式的、類型的な処理で、その流れに翻弄される人間のはかなさは、さほど伝わってこない。悲劇的な事件は起きるものの、その悲劇をもたらす人間の運命を見すえた歴史観が欠けているからだ。ただ、それぞれの事件はけっこうドラマティックで、思わず心臓をわしづかみにされるような場面もある。89歳の老婦人が孫息子の自殺をきっかけに、苦難に満ちた一生を回想するという形式で、上記の「斬新な角度」はさておき、前半は単純なメロドラマ、後半は複雑な家族の悲劇として物語の流れを楽しむのが賢い読みかたかもしれない。凝った言い回しの多い文体だが、そのわりに読みやすい英語だ。