今年のブッカー賞候補作、Sebastian Barry の "On Canaan's Side" を読了。さっそくいつものようにレビューを書いておこう。
[☆☆☆★] 89歳の老婦人リリー・ビアが、孫息子の自殺をきっかけに人生を回想。第一次大戦末、アイルランド内乱の災禍を逃れてフィアンセともどもアメリカに渡ったものの、そこは「カナンの側」、約束の地ではなく、数々の試練が待っていた。苦難と喪失の悲劇に見舞われながらも生きぬいた家族の絆と愛。時に心臓をわしづかみにされるような場面もあり読ませるが、古びたテーマに斬新な角度から取り組んだものとはいいがたい。移住直後から現代まで、第二次大戦、ヴェトナム戦争、さては湾岸戦争と、大きな歴史の流れを背景にしているものの、とりわけ後半ほど図式的、類型的な処理で粗さが目だつ。なにより、悲劇をもたらす人間の運命を見すえた歴史観が欠けているのが致命傷。中堅物語作家の水準作である。