多忙やら体調不良やらで、すっかりカタツムリ君のペースだったが、Chad Harbach の "The Art of Fielding" をようやく読みおえた。ニューヨーク・タイムズ紙や米アマゾンの年間ベスト作品に選ばれるなど、間違いなく今年の超話題作の一つである。さっそくレビューを書いておこう。
[☆☆☆☆] ああ面白かった! 基本軸にあるのは単純明快な青春スポーツ小説だが、これに親子の愛情と対立、男女の恋愛、はたまたゲイ関係などが複雑にからみあい、それぞれの要素のさばき方がタイトルどおり芸術的で、どこを読んでもすぐに引きこまれる。守備の天才ぶりを認められ、
ミシガン湖畔の大学の弱小野球部に入った青年ヘンリー。たゆまぬ努力の甲斐あって、メジャーのスカウトたちの注目を集めるほどに成長するが、試合中の事件をきっかけに極度のスランプにおちいる。一方、チームは珍しく連戦連勝。はたしてヘンリーに
復活の日は訪れるのだろうか。緊迫した試合の模様や、ヘンリーのグラブさばきは息をのむばかり。勝負と技能のもたらす感動がストレートに伝わってくる。絶望の淵に沈んだヘンリーの姿は、まさに青春の蹉跌そのものだ。血反吐を吐くような苦しみに張り裂ける心。過ぎ去った青
春の嵐を思い出す読者も多いことだろう。こうしたヘンリーの人生にくわえ、チームメイトや、ゲイの相手もふくめたその恋人たちの人生もじっくり描きだされる。将来の夢、恋愛、友情、親子の愛など語られるテーマは定番で、夫婦のいざこざ、恋の鞘当てなどメロドラマの色彩も強いが、当初は一見、無関係に思えた幾筋もの流れが次第に結びつき、やがて主な人物が一堂に会し、クライマックスへと収斂していく展開はじつに見事。「芸術的なさばき方」によって単純な物語のよさを最大限に引き出しているのが本書の最大の美点だろう。英語は語彙的にはややむずかしいが、洗練されたリズム感のある活きのいい文体である。