ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Adam Johnson の “The Orphan Master's Son” (1)

 米アマゾンの上半期ベスト10小説のひとつ、Adam Johnson の "The Orphan Master's Son" をやっと読みおえた。さっそくレビューを書いておこう。
 追記:その後、本書は2013年のピューリッツァー賞を受賞しました。

The Orphan Master's Son: A Novel

The Orphan Master's Son: A Novel

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[☆☆☆☆] かつては「地上の楽園」と信じる人びともいたが、相変わらず秘密のヴェールにつつまれながらも、いまや独裁国家であることが明らかな北朝鮮。小説でもその恐怖の現実が描かれるのは当然だが、本書にはいくつか予想外のユニークな設定がある。まずこれが名画『カサブランカ』の本歌取りとなっている点だ。開巻、工作員による日本人の拉致というショッキングな事件に絶句。脱北した漁民の美しい妻と工作員のふれあいに情感がこもり、しんみりとなるが、驚いたことに第二部ではその工作員が軍司令官となっている。その変身のいきさつが彼自身の行動記録と、「司令官」を取り調べる尋問記録、そして「司令官」の物語を流す国営放送という三次元中継でしだいに明らかにされる。この複雑な語りの構造と、第一部もふくめた彫りの深い人物造形がじつにみごと。また、国民的女優でもある「司令官」の妻が「これは夢なのか」と洩らすように、現実がフィクションと融合し、マジックリアリズムの世界に近づいている点も見逃せない。全体主義の体制では〈不都合な真実〉が隠蔽され、真実の代わりにフィクションが真実となる。全体主義の現実とは、まさにマジックリアリズムの世界なのである。それを端的に物語る漫画チックな結末はケッサクというしかない。しかも、心臓バクバクものの緊張がピークに達した瞬間、北朝鮮版『カサブランカ』であることがわかる設定の妙。「秘密のヴェールにつつまれ」た国を舞台に、よくぞここまでフィクションを組み立てたものとおおいに賞賛したい。