ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Tessa Hadley の “Married Love and Other Stories” (1)

 Tessa Hadley の短編集 "Married Love and Other Stories" を読了。米アマゾンが選んだ今月の優秀作品のひとつである。さっそくレビューを書いておこう。

Married Love: And Other Stories (P. S.)

Married Love: And Other Stories (P. S.)

[☆☆☆★★★] 平凡な毎日のくりかえしの中で時折、身近な人物が、自分自身が、ふと真情を吐露する場面がある。それが一生の思い出となるとき、それはまさしく人生の凝縮された瞬間にほかならない。本書は、そんな一瞬を鮮やかにとらえた珠玉の短編集だ。どの話でもまず、日常茶飯の出来事が淡々とえがかれる。登場するのは夫婦や親子、兄妹、恋人、友人など。そのありふれた関係を、ひとつの視点からじっくり追いかける。劇的な展開は皆無と言っていいのに、技巧を技巧と感じさせない職人芸に惹きつけられる。やがてパーティーの夜、庭の古井戸に石を投げこんだ若い男女が顔を見あわせる。映画監督だった亡き夫の遺作を場末の映画館でひとり観る。そんな一瞬に人生が、人と人の絆、家族の絆、時にはそのほころびが結晶化されている。感傷はいっさいない。ふとながめた室内や街、田園の風景などから間接的に心情が伝わってくる。これこそ〈ザ・短編小説〉である。難度の高い語彙も散見されるが、英語は総じて標準的で読みやすい。