ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Lauren Groff の “Arcadia” (1)

 Lauren Groff の "Arcadia" を読了。ニューヨーク・タイムズ紙の書評家、Janet Maslin が選んだ去年の 10 Favorite Books の一冊である。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★] アルカディア――牧歌的な理想郷。本書は、その理想郷を幼いころに体験した男の半生を散文詩的に綴った記録である。1970年代、ニューヨーク州の田舎で、「愛、平等、労働」を理想にかかげたヒッピーたちがコミューンを創設して暮らしはじめる。その日常生活や周囲の自然、少年ビットの初恋などが繊細なタッチで詩的に描かれるうち、やがて事件が起きてコミューンは解散。それが少年の通過儀礼ともなっているところが前半のハイライト。後半は成人したビットを取り巻く家族の絆がテーマで、まず妻が失踪したあと、男手ひとつで娘を育てるようになった彼の孤独と悲哀が心にしみる。さらに年月が流れ、ビットはコミューンの跡地で死期の迫った母親を介護。その凄絶だが静かなやりとりはもちろん、生意気ざかりの娘や、心優しい女医とのふれあいにも情感がこもり、それが『ウォールデン』を思わせる森の静けさとみごとにマッチ。深い悲しみに満ちた人生の最後、ビットはようやく心の平安を見いだす。外なるアルカディアをうしなった人間が、内なるアルカディアを発見する佳篇である。