ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

W. G. Sebald の “The Rings of Saturn” (1)

 長らくブログを休止していたが、先日 W. G. Sebald の "The Rings of Saturn" を読みおえ、きょうやっとレビューを書く時間ができた。さて、どんな駄文になりますか。

The Rings of Saturn

The Rings of Saturn

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[☆☆☆☆] 看板に偽りあり。土星の話はいっさい出てこない。では「土星の環」とはいったい何か。たとえば本書の世界をひとつの惑星と仮定した場合、それをいくつかの小説ないし随筆的な要素が環のように取り囲んでいることがわかる。まず目につくのはトラヴェローグ。主人公の男がイギリス東部、サフォーク州の小さな町や海岸などをめぐり歩く。男は目にした風景や風物をはじめ、ゆかりのある人物や歴史、文化その他、思いついたことどもをモノマニアックなまでに書き綴る。その細部が環状であり重層的なのだ。随所に挿入される写真や図版も、活字の世界を視覚的に補完するものである。そこに広がっているのはモノクロームの世界だ。鉛色の雲が重く垂れこめ、人影はまばらで、それどころかしばしば無人。昔は産業の盛んだった町も、多くの人でにぎわった駅も通りも、いまではすっかりさびれ、荒涼とした沈黙の世界と化している。時には終末世界をも思わせる風景に、そこから連想されるディテールに男はなぜ、かくもこだわるのか。それが彼の心の旅であり、魂の彷徨だからだ。感傷はいっさいはない。が、およそ細部に目をとめる心とは悲しみに満ちた心であり、このすこぶる非感傷的な描写には底知れぬ悲哀が読みとれる。その孤独と寂寥、悲哀が読む者の心にも深く静かにつたわってくる。さざ波のように広がる輪である。その輪の中心に、男が目にした心象風景がある。こうしてみると、べつに土星でなくてもいいが、たとえば土星のような沈黙の世界を中心に、その沈黙を描いた「さまざまな「小説ないし随筆的な要素が環のように取り囲んでいることがわかる」。『土星の環』とはたしかに、いい得て妙のタイトルである。