ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Andrew Sean Greer の “Less”(2)とゲイ小説名作選

 本書のピューリッツァー賞受賞は意外と思った人が多いかもしれない。P Prize. com の直前予想では泡沫候補扱いだったからだ。
 本命視されていたのは、昨年の全米図書賞受賞作、Jesmyn Ward の "Sing, Unburied, Sing"(☆☆☆★★)。ついで、今年(対象は昨年)の全米批評家協会賞受賞作、Joan Silber の "Improvement"。3番人気は同賞最終候補作、Alice McDermott の "The Ninth Hour"(未読)。まず順当な予想だったと言えよう。
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 ところが、そうした有力候補を差し置いて栄冠に輝いた "Less" は、かろうじて第10位にランクイン。恥ずかしながら、ぼくは聞いたこともない作家の作品でした。
 読みはじめた当初は、なんだ、こんなものでピューリッツァー賞か、と見くびっていた。「50の坂が間近に迫り、仕事も恋愛もままならず、昔の苦い思い出がよみがえるだけ」という主人公レスの人物像が陳腐だったからだ。
 けれども、読み進んでいくうちに印象が変わった。その「陳腐な人物像が意外に面白い」。その面白さは多分に、レスが「ドタバタに近い不条理な悲喜劇」に巻き込まれることに起因している。それから、カットバックや急な視点変化などの技法もおみごと。
 とはいえ、圧倒的にいいのは、やはり幕切れでしょう。ネタを割るわけには行かないが、「おれの、わたしの人生、まんざら捨てたものではないかも、と読後に思いたくなる」はずだ。
 ただ、邦訳は出ないかもしれない。ゲイ小説だからだ。もう十年以上も前の話だが、2004年のブッカー賞受賞作、Alan Hollinghurst の "The Line of Beauty"(☆☆☆)に翻訳の見込みがないのは、その理由だから、と聞いたことがある。
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 後年、同書を読んでみるとつまらなかった。Hollinghurst のものなら、2011年の "The Stranger's Child"(☆☆☆★★)のほうが面白かった。
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 邦訳があるかどうかは未確認だが、ぼくのオススメ、ゲイ小説は下の2冊。Aciman 作品が2007年刊で、Greenwell のほうは2016年刊。2つのレビューを読みくらべると、ぼくの中でもゲイ小説は市民権を得たことがわかる。"Less" は3冊目のオススメということになります。"The Stranger's Child" もいれると4冊目。
 追記1:"Call Me by Your Name" は2018年に映画化され、アカデミー賞にノミネート。10年以上の時の流れが市民権の歴史を感じさせますね。また、Greenwell 作品は2016年のロサンゼルス・タイムズ紙文学賞の最終候補作でした。
 追記2:2020年のブッカー賞最終候補作、Brandon Taylor の "Real Life" をオススメに追加しました。

[☆☆☆★★] これはある一点を除けば平凡な小説かもしれない。イタリア・リヴィエラの海辺の町で少年が経験したひと夏の恋。ああまたか、と笑いたくなるほどお定まりの設定だが、じつは尋常ならざる要素がからんでいる。それは読者によっては拒否反応を示すものだろうが、その場合、あえてごくふつうの恋愛小説として読み進むにかぎる。見そめた相手へのあこがれ、激しい情熱、やがて関係を結んだあとの自己嫌悪と喜び……何度も繰り返される自問が示すように、多感な少年の揺れ動く心が鮮烈な感覚で綴られていく。一点を除けばといったが、どうして凡庸ならざる作品である。とりわけ、若いふたりが中年になって再会する後日談がいい。これほどの純情を持ちつづけることは現実にはない話かもしれない。そして最後にひと言、「きみの名前で呼んでくれ」。泣かせるせりふだ。ふつうの恋愛小説としても上出来の部類に入ると思う。では、「尋常ならざる要素」とはなにか。それは読んでからのお楽しみ、とだけいっておこう。
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[☆☆☆★★] 誤解を恐れずに書くと、小説の世界ではゲイは市民権を得ないほうがいい。タブー視され、軽蔑や嫌悪の対象となり、社会の片隅に追いやられる異端の存在であればこそ、深い苦悩と絶望が生まれ、自分とはなにか、愛とはなにか、真剣に考えざるをえなくなる。そこに文学が生まれる。その意味で本書は真のゲイ小説である。舞台はブルガリアの首都ソフィア。現地の大学で教鞭をとるアメリカ人講師がある青年と出会い、危険な関係におちいる。強烈なラヴシーンに幻惑、圧倒されるが、それより禁断の愛を通じて男が相手の、おのれの内的矛盾、エゴイズムを直視している点を評価したい。愛と欲望や打算は紙一重。本来エゴイスティックな存在である人間にとって、純粋な愛ははたして可能なのか。ふたりの男の愛のバトルは、ことによると男女の場合以上に激しく、それゆえ愛の限界をいっそう思い知らせるものかもしれない。第二部では過去と現在のできごとが交錯するなか、上のアメリカ人と優しかった父との断絶が紹介される。家族愛にもまた限界があるのだ。いずれにしろ、主人公の男はひとに心から愛されたことがなく、自分もまたひとを心から愛することができない。そのいかんともしがたい現実に傷ついた心情が、さりげない風景描写を通じてしみじみとつたわってくる。刺激的なトピックとは裏腹に味わいぶかい作品である。
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