ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Patrick Modiano の “In the Cafe of Lost Youth”(2)

 ああもう、先月ハワイに出かけてから2週間もたってしまった。ほぼ40年ぶりの海外旅行で大興奮したというのに、記憶がどんどん薄れていく。息を切らしながら登ったダイヤモンドヘッド。あれはいったい何だったんだろう。


 と、それと似たような思いが積もり積もって熟成され、フィクションのかたちで示されたのが Modiano の諸作かもしれない。
 帰りの機内で "Dora Bruder" を読みおえたあと、すぐに取りかかったのが "In the Cafe of Lost Youth"。だから2作の違いもすぐに分かった。前者は Modiano の実体験にもとづくフィクションだが、こちらは(部分的には体験もふくまれているとしても)明らかにフィクションである。
 そこで旅行前に読んだ "Suspended Sentences" のことを思い出した。同書は「実体験にもとづくフィクション」のほうだ。この "In the Cafe of Lost Youth" と較べると、あれはなかなか良かったな。ということで帰国後、ぼくにしては非常に珍しく、同書の点数を修正。★をひとつ(約5点)オマケすることにした。
 といって、"In the Cafe of Lost Youth" の出来がわるいという意味ではない。今回も期待どおり、おもしろかった。正確には、心にしみた。
 何よりもまず、設定がいい。「迷える若者たち、あるいは、(迷える)青春時代を過ごした大人たちの集まるカフェ」があるなんて、実際はないにしても、そんな舞台にリアリティーがあるなんて、さすがはパリ。東京はどうでしょうか。京都ならありそうだな。ともあれ、「カフェ文化の街パリならではの物語」というのが本書の魅力のひとつでしょう。
 lost youth をぼくは「迷える若者たち」と訳したが、それはこんな記述を元にしている。In this life that sometimes seems like a vast wasteland without any signpost, in the midst of all the escape routes and the lost horizons, we long to find reference points and establish a sort of land register so that we no longer have the sense of navigating aimlessly.(p.48) Ever since I started leaving the apartment at night, I had had brief panic attacks ... A sense of emptiness suddenly came over me in the street.(p.90) She wanted to escape, to run ever further away, to make a sudden break from day-to-day life, so that she could breathe the fresh air.(p.122)
 上の I は she と同じで本書のヒロイン Jacqueline。we は彼女が通ったカフェのほかの客たちである。こんなくだりから、ぼくはレビューの書き出しを思いついた。「青春とは、日常的な閉塞感から逃れようとしながら目標が定まらず、かえって空虚感を覚える時代かもしれない」。
 その Jacqueline を愛した Roland はこう述懐する。From that moment on, there has been an absence in my life, a white void that left me not merely with a feeling of emptiness, but which I could not look at directly.(p.152)
 that moment がどんな瞬間かは読んでのお楽しみ。とにかく、ほかの箇所にあった frozen in a sort of eternity(p.112)という文言とあわせ、ぼくはこうまとめた。「ジャクリーヌと最後に過ごしたひとときを回想する最終話は、たまらなく切ない。永遠の時間の中で凍りついた、白い真空のような空虚感にしばし呆然」。
 それにしても、"Dora Bruder" や "In the Cafe of Lost Youth"、"Suspended Sentences" のぼくのレビューを読み返してみると、どれも似たり寄ったり。ワンパターンで芸がない。しかし、そもそも Modiano の作品が、わるく言えば同工異曲に近いのだから仕方がない、というのが苦しい言い訳です。ちなみに、各作品に共通する頻出単語は empty, emptiness だと思います。