ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Rohinton Mistry の “Family Matters”(2)

 テンプで戻った勤務先が今年最後の繁忙期。この1週間は、ほんとに忙しかった。おかげで活字を目にしてもすぐに眠くなり、寝床で読んでいる『ツバキ文具店』など、ひと晩2、3ページ(でも面白い)。通勤時に持ち運んでいて腕が疲れる超大作 "Underworld" もカタツムリくんペース(中身もしんどい)。
 常勤時代のように何日か〈自宅残業〉も余儀なくされた。BGMに流していたのはボブ・ディラン、ビル・エヴァンズ、バッハ。なんだかヘンテコな組み合わせのようだけど、手持ちのCDをジャンル別、アーティストのABC順に聴いていたら、今週はたまたまBで始まるものばかり。夜はやっぱりビル・エヴァンズですな。 

Consecration

Consecration

  • アーティスト:Bill Evans Trio
  • 出版社/メーカー: Milestone
  • 発売日: 2002/12/02
  • メディア: CD
 

  さて、"Family Matters" である。Rohinton Mistry の作品に接したのは、恥ずかしながら2冊め。去年の4月、退職直後に読んだ "A Fine Balance"(☆☆☆☆)以来だ。 

 あれはよかった! 1996年のブッカー賞最終候補作だけど、物語性という点では、受賞した Graham Swift の "Last Orders"(☆☆☆☆)より一枚上だろう。「インド料理にいささか胃がもたれるほど」面白かった。ただ受賞作のほうが、しみじみとした味わいがあったと記憶するので、落選は致し方ないかも。
 ともあれ、大いに期待して取りかかったこの2002年のブッカー賞最終候補作、「終盤、もたつき気味なのが惜しい」ものの(☆☆☆★★★)、ぼくは読みはじめたとたん、思わず引き込まれてしまった。family matters のひとつが介護の問題だったからである。 

 なにしろ、ぼく自身、亡父が最初の脳梗塞で倒れた年齢に近づきつつあるし、その父の介護で長年苦労した母も、いまは田舎の介護施設に入所中。ちょうど1年前に施設内で転倒して足を骨折し、最近やっと昼間だけ歩行器から解放されたばかりだ。「パーキンソン病を患い、死期の迫った老父の介護をめぐる骨肉の争いはコミカルで悲惨」とレビューに書いたけれど、そんな本書の話は、他人事ではないのである。
 この骨肉の争いが、とにかくすごい。ただもうエゴまるだしで、そこまでやるか、と驚いた。と同時に、これをどう締めくくるのかと気になった。Rohinton Mistry 自身、かなり悩んだことだろうと推察する。安易なハッピー・エンディングは避けたいし、さりとて救いようのない結末も「奇想天外なドタバタ劇」にはふさわしくない。終盤のもたつきは、そうした悩みを暗に示しているような気がする。
 それはさておき、ぼくは次の一節に目が釘付けになった。Everyone underestimates their own life. Funny thing is, in the end, all our stories ― your life, my life, .... they're the same. In fact, no matter where you go in the world, there is only one important story: of youth, and loss, and yearning for redemption. So we tell the same story, over and over. Just the details are different.(p.228)
 この「大切な物語はひとつだけ」「違うのは細部だけ」というのは、けっこう人生の真実かもしれない。で、このくだりを本書全体の文脈に当てはめてみると、「身近な人間を真に愛すること」、つまり家族の問題は、「世界のどこへ行っても唯一大切な物語」なのではないか、と愚考した次第です。