ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ahdaf Soueif の “The Map of Love”(1)

 1999年のブッカー賞最終候補作、Ahdaf Soueif の "The Map of Love"(1999)を読了。さっそくレビューを書いておこう。

The Map of Love

The Map of Love

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[☆☆☆☆] もし映画化して邦題をつけるなら『愛と宿命のエジプト』。20世紀初頭、イギリス貴族の若い未亡人がエジプト民族主義運動の青年指導者と恋に落ちる。その顛末を世紀末に物語るのがふたりのひ孫娘の従姉。百年の時を隔て、複数の愛が平行して進む。とそれだけなら映画の題材にうってつけだが、じつは映像化しにくい要素もかなり多い。福田恆存の『近代の宿命』をもじっていえば、近代エジプトの「宿命的な悲劇性と複雑性」は、「近代の確立の未熟といふことそのことのうちにではなく、未熟でありながらそのまゝにヨーロッパ近代の主題を共有してしまつたことのうちに求められよう」。オスマン帝国、西洋列強の進出、反英独立運動、近代国家の建設、パレスチナ問題、イスラム原理主義と、本書に出てくるキーワードだけ拾ってもエジプトの「宿命的な悲劇性と複雑性」は一目瞭然。現代の危機はすべて近代に発したものである。その危機に直面した彼らの恋と愛には、いまも昔も政治の影が射している。恋人たちは、夫婦は歴史の流れに、近代の宿命に飲みこまれざるをえない。本書はしかし、ただ暗いだけの物語ではない。むしろ今昔の日記や書簡、客観描写などが手ぎわよく配され、子供の誕生をはじめ、次第に明るい愛のタペストリーがつむぎ出されていく。著者は愛を信じている。と同時に宿命の影を見つめている。まさに国民作家の手になる歴史ロマンである。