ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Alia Trabucco Zerán の “The Remainder”(1)

 今年のブッカー国際賞最終候補作、Alia Trabucco Zerán(チリ)の "The Remainder"(原作2014、英訳2018)を読了。さっそくレビューを書いておこう。 

The Remainder (English Edition)

The Remainder (English Edition)

 

[☆☆☆★] 灰の雨が降るサンティアゴ。市内各地で死者を目にする青年フェリーペ。改行なしにえんえんとつづく彼の独白から生まれる、シュールな幻想に満ちたマジックリアリズムの世界が、まずまずいい。これと交互に進むのが、フェリーペと幼なじみの若い女イケーラと、その友人パローマの登場するリアルな世界。かくして現実と非現実が交錯するなか、しだいに過去の忌まわしい悲劇が浮かびあがる。フェリーペたちの親は、ピノチェト軍事政権による厳しい弾圧の犠牲者だったのだ。彼ら三人はいずれも死の記憶から逃れられない。異国で他界したパローマの母親の棺がチリに届かず、三人は霊柩車でアルゼンチンのメンドーサ空港へとむかう。豊かなイマジネーションの織りなす幻想シーンに見るべきものはあるが、シュールとは、マジックリアリズムとは本来、通常のリアリズムでは描きえぬ現実の本質をえぐり出すところに意義がある。ところが、ここではあっけない結末が示すとおり、かろうじて死と再生というテーマが見える程度。三万人もの死者と、国民の十分の一もの亡命者が出たというチリの現代史をひもとかなければ、主なエピソードの意味は外国の読者にはピンとこない、舌っ足らずな水準作である。