ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Don Delillo の “Underworld”(1)

 きのうの記事を書いたあと、多忙につき遅れに遅れていた Don Delillo の "Underworld" をやっと読了。1997年の全米図書賞、および全米批評家協会賞の最終候補作である。さっそくレビューを書いておこう。 

Underworld

Underworld

  • 作者:Don DeLillo
  • 出版社/メーカー: Scribner
  • 発売日: 1998/07/09
  • メディア: ペーパーバック
 

 [☆☆☆★★★] 周知のとおり超大作だが、これは実際これほどの分量でなければ描きえぬほど深い「アンダーワールド」なのだろうか。戦争、なかんずく核戦争と平和。核廃棄物をふくむゴミと資源。スラム街とダウンタウン。凄惨な殺人と平穏な日常。不倫と家族愛。大リーグの歴史的な勝者と敗者。そしてもちろん、人間の深層心理と噴出した感情。こうした本書におけるさまざまな対比を読み解くと、それは要するに書中の言葉を借りれば「存在の矛盾」である。その諸相を網羅するにはたしかに巨編たらざるを得まいが、だからといって「人間と組織の内的分裂」を深く掘り下げた作品に仕上がるとはかぎらない。なるほどここには、キューバ危機やヴェトナム戦争に代表される米ソ冷戦時代の現象としての現実が示されている。核の恐怖が充ち満ちている。だが、本書を読んでも、なぜ戦争は起きるのか、なくならないのかという根本的な疑問が氷解するわけではない。それどころか、水爆に現代テクノロジーが集約され、あまたの語源のアンダーワールドの果てに「平和」という単語がある、などという平凡な指摘で結末を迎えるとは、まさに大山鳴動して鼠一匹。矛盾や分裂という戦争の問題にかかわる人間存在の本質をえぐり出すことなく、アンダーワールドの表面をなぞっただけの作品ではないか、との疑いが濃厚である。冒頭のシークエンスはじつにすばらしい。ソ連が2度目の核実験に成功した当日、ニューヨークでは大リーグ史上にのこる劇的サヨナラホームランが飛びだすという対比は、これ以上望めないほど蠱惑的だ。ところが以後、それに匹敵するシーンがひとつもなく、鮮やかに明暗を分けたあとに続くべきアンダーワールドへの洞察も底が浅い。傑作になりそこねた大力作である。