ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Michael Chabon の “The Amazing Adventures of Kavalier & Clay”(1)

 数日前、Michael Chabon の "The Amazing Adventures of Kavalier & Clay"(2000)を読みおえたのだが、体調その他、諸般の事情でブログを更新する時間がなかなか取れなかった。ご存じ2001年のピューリツァー賞受賞作である。はて、どんなレビューになりますやら。 

[☆☆☆☆] 自分がほんとうにやりたいことをやり遂げる。夢の実現である。だが夢の前にはいつも現実が立ちはだかっている。その現実と闘い現実を乗りこえようとするとき、冒険がはじまる。本書のふたりの主人公ジョーとクレイが挑んだ冒険は1939年から1954年まで。第二次大戦前後であり、アメリカン・コミックの黄金時代ともほぼ重なる。ゆえにコミックと戦争が彼らの冒険の二大要素だが、その大半は脱出劇である。ユダヤ系のふたりが創作したコミックのスーパーヒーローはナチス・ドイツと戦う「エスケーピスト」。自由と解放をテーマにしたもので、作画担当のジョー自身、プラハからニューヨークにやってきた難民であり、脱出王フーディーニに心酔し奇術をおこなう。ショーの最中、ユダヤ系市民のパーティ会場で起きた爆弾騒ぎでは、親ナチ男の妄想と現実がいり乱れ、メタフィクションかと思わせるジョーと爆弾犯の攻防がまさにアメージング。ジョーが南極の米軍基地で越冬するサバイバル物語も壮絶。それほど華々しくはないが、クレイとコミック出版社の社長が利益配分をめぐって争う寸劇もサスペンスフルでおもしろい。クレイのほうは搾取から、またコミックを不当に過小評価し有害図書と断じる偏見から逃れようとしたのだ。そのあたり、同性愛の扱いもふくめ、欺瞞と浅薄なモラリズムが横行した当時の世相をよく反映している。この禁断の物語に加え、ジョーとその恋人や息子をめぐる愛情物語も冒険譚のひとつである。紹介は最後になったが、じつは愛、とりわけ家族愛は当初から活劇の源だったのだ。終盤、エンパイア・ステート・ビルの展望台からの脱出劇終了と同時に後日談の色あいが濃くなり、さすがにアメージングとはいえないが、冒険はいつかはおわり、夢もいつかは消えるもの。尻すぼみというより、コミック黄金時代の終焉とみごとに呼応した結末である。重厚壮大にして繊細緻密、いささか胃にもたれる極上のビフテキのような超大作冒険巨篇である。