ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Olivia Manning の “The Balkan Trilogy”(1)

 きのう、Olivia Manning の "The Balkan Trilogy"(合冊版1987)を読了。第1巻 "The Great Fortune" は1960年刊、第2巻 "The Spoilt City" は1962年刊、第3巻 "Friends and Heroes" は1965年刊。さっそくレビューを書いておこう。 

The Balkan Trilogy

The Balkan Trilogy

  • 作者:Manning, Olivia
  • 発売日: 2001/08/21
  • メディア: ペーパーバック
 

[☆☆☆★★] 第二次大戦前夜から初期にかけて、ブカレストアテネクレタ島と舞台を変えながら、在留イギリス人の苦難に満ちた生活を描いた三部作。長大だが要するに、そのとき、彼らはなにを考え、どう生きたかという物語である。刻々と変化する戦局を背景に、作者はまず、小説の特長をよく活かして人物造型に腐心。それぞれの性格と心理、価値観を丹念に書きこむことで、当時実際に存在したと思われるような典型的人物を提示する。戦時でありながら戦争のことは二の次三の次、仕事であれ、私利私欲であれ、とにかくひたすら自分ファースト、しかもそのさい、おそらく平時の数倍の速さで本性をむき出しにする人びとの姿に、戦争の本質と人間の原点を見る思いがする。パリ陥落当日、ブカレスト市内で上演されたシェイクスピア劇に狂喜乱舞するシーンが第一巻、および全巻の白眉。ついで第三巻の終幕、ドイツ軍の進撃によるアテネ脱出劇に異様な緊迫感がある。が、あとは非日常の世界が日常化するという意味で、全篇を通じて山場の連続であり、ゆえに盛りあがりに欠けるともいえる。一方、たとえば理想家の夫と現実主義者の妻の対立という、書きようによっては深みを増すはずのテーマが、夫婦の愛と断絶という平凡な扱いにとどまり、ほかの多くのエピソードのなかに埋没している点も惜しい。これは、作者が戦時における市民生活の実態に主眼をおき、人びとが「どう生きたか」の観察に終始しているからだ。いついかなるときであれ、いかに生きるべきか、という人生観、世界観の問題にまで発展していないがゆえに、本書は大作ながら文学史にのこるほどの名作ではないのである。