ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Souvankham Thammavongsa の “How to Pronounce Knife”(2)

 これは既報のとおり、昨年のギラー賞(Scotiabank Giller Prize)の受賞作、および全米批評家協会賞の最終候補作。ギラー賞はカナダで最も権威ある文学賞だけど、そう聞いてもピンとこない日本人読者がきっと多いはずだ。全米批評家協会賞にしても、〈アメリカ三大文学賞〉のなかではいちばん、なじみが薄いかもしれない。
 ちなみに、このふたつの賞に重複して名前の挙がった作品はたぶん初めてだろう(チェックミス可能性あり)。Thammavongsa は、これも既報どおりトロント在住のラオス難民・移民で、そういう出自の作家がメジャー・デビューを果たしたのは間違いなく初めてだと思う。
 巻頭の表題作は、幼い娘に knife の発音を訊かれたラオス難民の父親が、Kah-nnn-eye-fff. It's kahneyff. と答えるエピソード(p.7)を軸にした話。滋味あふれるユーモアに心が温まる。同系列の第6話 'Chick-A-Chiee!' もいい。ハロウィーンTrick or treat. の言い間違いが、なんともかわいく聞こえる。
 第8話 'Edge of the World' で、I never thought to ask my mother why she slept in my room most nights. I was just glad not to be alone in the dark. というくだり(p.100)を目にしたときは、思わず胸にこみ上げるものがあった。「意味や脈絡があったりなかったりする幼時の記憶」には、じつは深い意味があったことが後年わかることもある。ぼくも小学生のころ、街を歩いていたら叔母さんとぱったり出くわし、といっても当時たしか20代の若い叔母さんなのだけど、あ、叔母さんだ、と気づいたときにはもうすれ違っていた。その瞬間を思い出して詠んだ拙句が、「夕燒けに光る涙のひとしずく」。涙の意味を知ったのは、ぼくが成人してからのことだ。
 ほかにも秀作佳篇はいくつかあったが、いちばんのお気に入りはやはり、レビューでも紹介した第4話 'Randy Travis'。英語が苦手の母親に代わって幼い娘が、カントリー・ミュージックの歌手 Randy Travis 宛てにファンレターを書くエピソードを皮切りに、母の死後、父親がカラオケで Randy の歌を熱唱する結末まで、移民と万人共通の家族の哀歓がユーモアをまじえてみごとに凝縮されている。冒頭でふれた事情で邦訳が出る確率はどうも低そうだが、この 'Randy Travis' だけでもどなたか訳してほしいものだ。

(下は、唯一持っている Randy Travis のCD。 'I told you so' が泣ける) 

Platinum Collection

Platinum Collection

  • アーティスト:Travis, Randy
  • 発売日: 2006/07/25
  • メディア: CD