ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Brit Bennet の “The Vanishing Half”(2)

 今年の国際ブッカー賞最終候補作、Benjamín Labatut の "When We Cease to Understand the Word"(2020)を読んでいる。原題は "Un Verdor Terrible"(2019)。スペイン語からの英訳である。なかなか面白い。現地ファンの下馬評では1番人気のようだ。
 カバー裏の作者紹介によると、Benjamín Labatut was born in Rotterdam in 1980 and grew up in The Hague, Buenos Aires and Lima. .... Labatut lives with his family in Santiago, Chile.
 じつはこれ、ハードカバー。ふだんはペイパーバック・リーダーのぼくだが、上の評判を知り、やむなく買い求めた。全5話の短編集で、第4話の表題作だけ中編といってもいいほどの長さだ。ほんとうは同書の話をしたいのだけど、このところ既読本の落ち穂拾いをサボっているのが気になる。
 というわけで P Prize.com を覗いてみると、きょうも The 2021 Pulitzer Prizes will be announced on May 4th, 2021. という一文が載っている。ぼくはこれを信じて、同サイトの予想ランキング第1位の "The Vanishing Half" と、第2位の "Deacon King Kong" をがんばって読んだのだけど、4日になってもサイト記事の更新がない。そこでピューリツァー賞のHPで確認したところ、なんと The Pulitzer Prize Board has decided to postpone the 2021 award winners’ announcement. Originally scheduled for Monday, April 19, 2021, the Prizes in Journalism, Books, Drama and Music now will be announced on Friday, June 11, 2021 at 1 p.m. ガクっときましたね。
 ともあれ、いまも米アマゾンを検索すると、レビュー数59,462で星4つ半。こんなベストセラーを読むのは久しぶりなので、どうしてそんなに売れるのか、という観点から迫ってみた。
 まず時代背景や舞台、人物の設定がうまい。本書の冒頭で、失踪した双子の姉妹のひとりが町に帰ってきたのが1968年4月。アメリカの公民権法が制定されたのが1964年7月2日。つまり本書は、人種差別がいま以上に厳然と、露骨なかたちで存在していた時代の話である。ネタは明かせないが、この点に the vanishing half が姿を消した理由と必然性がある。
 つぎに、差別問題や子どもの失踪、トランスジェンダーなど、現代のアメリカでホットな話題を要領よく配している。作者が話題性を意識していることはたぶん間違いないと思うけれど、これまた必然性のある設定で、どの素材も「不安定、不確実なアイデンティティの問題」という点で共通している。
 そしてなにより、話が面白い。偶然の出来事がキーになっている展開もあるが、ウソだろ、とケチをつけると楽しめなくなってしまう。作者もこう書いている。Statistically speaking, the likelihood of encountering a niece you'd never met at a Beverly Hills retirement party was improbable but not impossible. .... Improbable events happened all the time .... because improbability is an illusion based on our preconceptions. Often it has nothing to do with statistical truth.(p.221)
 ぼくはこのくだりを読んで、ははあ、作者も必然性を気にしているのだな、と思った。しかしどんな小説でも、話をつくらないと話にならない、ということがあるし、実人生でも「必然的な偶然」のハプニングは起きるものだ。バレないはずのウソがひょんなことでバレてしまったとか。本書におけるような偶然は許容範囲だろう。
 最後に、ベストセラーうんぬんとは関係ないが、本書を読んでトランスジェンダーについて考えたことがある。つまり、ジェンダーの転換によって自分は何をするのか、何がしたいのか、要するに自己実現こそ問題の核心のひとつなのではないか。その点を素通りしたトランスジェンダー是非論が、もしかしたらはびこっているかも、という気がしたのだけど、どうでしょうか。
 同様に、the vanishing half は何をしたかったのか。たぶん幸福な人生を歩みたかったのだろうが、そのあたりがどうも書き込み不足。いや、じゅうぶん描かれているとしても、それってちょっと平凡なテーマではないかしらん、と思えるのがぼくには不満。「なぜ彼女たちは、いや人間は自分というものにこだわるのか。その自己とは認識すべき実像なのか、追求すべき理想像なのか。本書を読んだだけでは答えが見つからない」のである。7日追記:忘れていたが、これは今年の女性小説賞最終候補作である。

(下は、上の記事を書きながら聴いていたCD) 

Ultimate Hits (W/Dvd)

Ultimate Hits (W/Dvd)

  • アーティスト:Brooks, Garth
  • 発売日: 2014/09/16
  • メディア: CD