ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Maggie O'Farrell の “Hamnet”(2)

 今回も禁をやぶってハードカバー。Patricia Lockwood の "No One Is Talking About This"(2021)をボチボチ読んでいる。ご存じ今年の女性小説賞最終候補作で、本ブログのリンク先 the Mookse and the Gripes によると、もっか1番人気。英米アマゾンでの評価も高いようだ。
 がぼくは疑問に思うことが多い。とりわけ、2部構成の第1部が引っかかる。主人公の「彼女」はこう紹介されている。She had become famous for a post that said simply, 'Can a dog be twins?' That was it. Can a dog be twins? .... This had raised her to a certain airy prominence. All around the world, she was invited to speak from what felt like a cloudbank, about the new communication, the new slipstream of information. .... This did not feel like real life, exactly, but nowadays what did?(pp.13-14)
 いちおうネットで Can a dog be twins? について検索してみたが、探し方がわるいせいか意味不明。ぼくにはナンセンスな問いとしか思えない。それなのに「彼女」がネット有名人になり世界中から脚光を浴びるとは、それこそナンセンス。なるほど real world の出来事とは思えない。はて、これは現実世界の無意味さ、あるいは混乱を示したくだりなのか。
 とそんな調子でいろいろ調べ、考えながら読んでいるので、さっぱりペースが上がらない。薄い本なのに、四つ折りのB5用紙に小さい字でびっしり書き込んだぼくのメモはもう5枚目だ。
 表題作に移ろう。これもちょうど去年の今ごろだったか、やはり女性小説賞の最終候補作に選ばれ、おなじく1番人気。実際そのまま栄冠に輝き、年末にはニューヨーク・タイムズ紙の年間ベスト5小説に選出され、また最近は全米批評家協会賞を受賞。去年のブッカー賞レースでも、現地ファンのあいだから、なんで候補作に選ばれないんだ!という非難の声が上がったものである。
 しかし原則ペイパーバック・リーダーのぼくは、そんな高い評価を横目で見ながら禁ハードカバーを守り、じっと我慢。満を持してというか、おっとり刀でというか、先月になってやっと読んでみた。
 巻頭の Historical note に、The boy, Hamnet, died in1956, aged eleven. / Four years or so later, the father wrote a play called Hamlet. とあるのを目にするまで、ぼくもそんな事実があったとは知らなかった。イギリスでも初耳という読者がいたのではないか。
 ともあれ、本書があちらで大評判になった理由はよくわかる。なにしろシェイクスピア劇、それも『ハムレット』を素材にした作品である。よほど拙劣な書き方でもないかぎり、話題にならないわけがない。そしておよそシェイクスピアを扱うかぎり、「拙劣な書き方」でいいわけがない。作者にとってはぜったいに失敗を許されない一種の挑戦であり、O'Farrell は困難を承知で果敢に取り組み、みごとな成果をおさめている。
 というのが、もっぱらの評価かもしれない。が、例によってあまのじゃくのぼくはこう考えた。もしこれがシェイクスピアとは関係のない話だったらどうだろう。アップしたレビューからテーマに関連する文言をひろってみると、「わが子の命を救うことができなかった」「無念と悲嘆が全篇の基調」をなし、「亡き子を思う親の愛情がひしひしと伝わってくる」「親子の愛情劇、家庭悲劇」。なんだ、よくある話ではないか。
 よくある話だが、よくできている。O'Farrell の作品を読むのは13年ぶり、"The Vanishing Act of Esme Lennox"(2007)以来2冊目だが、彼女のストーリーテリングはさらに磨きがかかっている。 

 ただ同書(☆☆☆)を読んだとき、彼女は物語作家としてはすぐれているけれど、文学的に深いテーマを追求するタイプの小説家ではないのでは、と思ったものだ。今回の "Hamnet" についても、たしかに旧作より深みは増しているものの、完全にはどうも自分の殻を打ちやぶっていないような気がする。
 では、シェイクスピアと関係のある話としてはどうか。これについてはレビューで述べたとおりだが、付言すれば、せっかくシェイクスピア自身が登場し、『ハムレット』の場面も出てくるのだから、シェイクスピアのいろいろな作品のセリフを盛りこんだり、『ハムレット』の 'To be or not to be' から 'Let be' へといたる展開を織りまぜたりしたら、すごいことになっていたのに、と思う(ネタは割れないが、ある意味で、そんな展開になっているともいえるのだけれど、それが原作のように意識的な「人生の演戯」ではない点が不満)。シェイクスピアがらみの作品では、といっても映画の話だけど、ぼくには『恋におちたシェイクスピア』のほうがずっと楽しかった。

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