ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Yaa Gyasi の “Transcendent Kingdom”(1)

 ゆうべ、Yaa Gyasi の "Transcendent Kingdom"(2020)を読了。周知のとおり今年の女性小説賞最終候補作で、現地ファンの下馬評では2番人気だが、集計方法によっては1番人気にもなっている。また、気の早い同ファンのあいだでは、今年のブッカー賞ロングリスト「候補作」の2番人気でもある。さっそくレビューを書いておこう。 

Transcendent Kingdom: A novel (English Edition)

Transcendent Kingdom: A novel (English Edition)

 

[☆☆☆★★★] ガーナ人一家のアメリカ移住記。とくれば、ある一定の図式が思い浮かぶ。貧困、苦難、差別。本書もいちおうその路線に沿っているが、凡百の移民物語とは一線を画す斬新なアプローチに瞠目させられる。人間は果たして「動物界を超えた」存在なのか、他の動物とどこが異なるのか、要するに、人間とはなにか、という問いが全篇に流れているからだ。しかもこのおなじみの問題に、信仰と科学という、これまた昔からある問題をからませながら、なおかつ現代的意匠を懲らしている点を高く評価したい。語るのは渡米後に生まれた娘ギフティ。彼女の自問自答、内的葛藤がとてもいい。大学院における神経科学の研究と、麻薬中毒で死亡した兄や、うつ病の母への思い、幼いころ自然に受け容れるも家族の不幸をきっかけに離れたキリスト教信仰。この三要素がギフティの心のなかで渦巻き、現在と過去の交錯をへて情感あふれる筆致で紡ぎだされる。実験につかうマウスへの思いやり、研究者としての出世欲、自己嫌悪、薬物依存者をもつ家族のエゴイズムと苦しみ、介護地獄、別れた友人や恋人の思い出、そして神と人間の謎。ギフティは深い心の闇のなかで悩み、懐疑に打ちふるえている。これほど自己の内部へ深く沈潜しながら人間存在の問題へと発展した作品は、移民文学にとどまらず現代文学全体としても、そうざらにあるものではない。ただし最先端の科学と同様、本書の「現代的意匠」にも限界はある。話が宗教におよぶというのに、善悪の問題への言及がほとんどないからだ。リア王やエイハブを思い出せば、「人間を偉大にするもの」が科学のみでは解明できぬことは明らかである。本書を読んだだけでは、人間がほんとうに「動物界を超えた存在」なのかどうかはわからない。その謎を解くべく、この才女にはまた新しい物語を書いてもらいたいものである。