ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Natasha Brown の “Assembly”(2)

 今年の1月、"Introducing our 10 best debut novelists of 2021" と題されたガーディアン紙の記事を目にした海外文学ファンも多いことだろう。(https://www.theguardian.com/books/2021/jan/31/introducing-our-10-best-debut-novelists-of-2021)が、ぼくがそれを斜め読みしたのは6月になってから。そのころ例年どおり、現地ファンのあいだでブッカー賞のロングリストに入選しそうな作品が話題になり、いろんなコメントをやはり斜め読みしているうちに上の記事に出くわした。
 しかし結果的に、そこで紹介された10人の作家は、Natasha Brown もふくめて全員選外。ガクっときましたね。
 ちなみに、今年の予想ランキング上位10人のうち、入選したのは4人。(https://www.goodreads.com/list/show/145018.Booker_Prize_Eligible_2021)こちらのほうが的中率が高かったわけだが、そのうちぼくは表題作とあわせて3冊読み、1冊だけ当たり。しかしその1冊が、ぼくには凡作としか思えなかった "No One Is Talking About This"(☆☆★★★)ときては、お世辞にも予想が当たったとはいえない。
 なにはともあれ、同書より、選から洩れた "Assembly" のほうが、ずっとすぐれているのではないか(☆☆☆★★)。主人公はロンドンに住むジャマイカ系移民の女性。とくれば、ある一定の心理的な状況がすぐに思いうかぶ。「相変わらず差別意識のつよい白人社会における疎外感や虚無感」。べつに目新しい話ではない。 

 がしかし、大手銀行に勤務し、管理職への昇進も決まった彼女の心には屈折がある。つまり「職業柄、既存の社会体制の恩恵にあずかる一方、それが旧大英帝国時代の植民地政策の産物であることへの違和感である」。逆にいえば、彼女は違和感をおぼえながらも恩恵にあずかることに内心忸怩たる思いがある。こうした「非白人ならではの内的矛盾に引き裂かれ」た姿と、その目に映る心象光景を「みずみずしい、研ぎ澄まされた感覚でとらえ」たのが本書なのだ。
 一例を挙げておこう。I turn back to survey the view. Even up here, I feel it against my skin, the thumping nationalism of this place. I am the stretched-taut membrane of a drum, against which their identity beats. I cannot escape its rhythm. Everything awaits. Monday ― New York, then back in the office. For the rest of my life these Mondays loom out, thudding and crushing, crescendoing on to me, tearing through ―(p.96)
 本書は小品だが、心の屈折や内的矛盾こそ文学の原点であることを、あらためて思い知らせてくれる佳篇である。こんなマイナーなブログで訴えても意味はないのだが、どこか奇特な出版社が邦訳を出してくれませんかね。Suddendly, so uncertain. という幕切れのことば、ぼくはいちおう「突然、ひどく不安そうに」と訳してみたのだけど、ぜひ訂正をお願いします。

(写真は、愛媛県宇和島市堂崎。子どものころ、ここで泳いだことがある)

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