ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Rachel Cusk の “Second Place”(2)

 Rachel Cusk の作品を初めて読んだのは、読書メモによると14年前のことだ。当時すでに、彼女は Sarah Waters や David Mitchell などとならんで、すぐれた若手作家としての地位を確立していた。https://granta.com/products/granta-81-best-of-young-british-novelists-2003/
 が、ぼくはまだそんなこととはつゆ知らず、2007年のオレンジ賞(現女性小説賞)最終候補作、"Arlington Park"(2006)を手に取った(☆☆☆★★)。

 この年の受賞作は Chimamanda Ngozi Adichie の "Half of a Yellow Sun"(☆☆☆☆★)で、ほかの最終候補作は Kiran Desai の "The Inheritance of Loss"(☆☆☆☆★)や、Xiaolu Guo の "A Concise Chinese-English Dictionary for Lovers"(☆☆☆★★★)など。Rachel Cusk としては、いかにも相手がわるかった。

 その後、Rachel Cusk の作品がぼくの目にとまったのは、最近のご存じ The Outline Trilogy だが、恥ずかしながら3冊とも未読。それより、長らく積ん読中の "The Country Life"(1997)のほうがずっと気になっている。タイトルからして、田舎っぺのぼく好みのようだからだ。
 と、例によってお粗末な体験をへて今回読んだのが "Second Place" である。旧作 "Arlington Park" がどんな小説だったかはすっかり忘れていた。

 途中、なにげなく巻末のページをめくったところ、作者自身によるこんな後注を発見。Second Place owes a debt to Lorenzo in Taos, Mabel Dodge Luhan's 1932 memoir of the time D. H. Lawrence came to stay with her in Taos, New Mexico. My version ― in which the Lawrence figure is a painter, not a writer ― is intended as a tribute to her spirit.
 げっ、そういうことだったのか、早く言ってくれよ。しかし時すでに遅し。もうかなり読み進んでいたので、いまさらメモを取り直すわけにもいかない。作中人物 L のモデルが D. H. Lawrence だと最初からわかっていたら、すこしは気合いのいれようがちがったのではないか。この予備知識、未読のかたには役立つことと思います。
 さて肝腎の内容だが、じつはよくわからないことが多かった。典型例が冒頭の「悪魔」の話である。I once told you, Jeffers, about the time I met the devil on a train leaving Paris, and about how after that meeting the devil that usually lies undisturbed beneath the surface of things rose up and disgorged itself over every part of life.(p.1)
 思わず引き込まれるような書き出しだけど、以後、そのフォローがまったくない。over every part of life というからには、いろんな場面でこの悪魔が顔を出すものと期待していたら、たぶんこれかな、と思えるようなエピソードさえ発見できなかった。同じ感想をもった現地ファンもいるので、あながちぼくの英語力不足のせいでもなさそうだ。
 詳細は省くが、ほかの内容もふくめて、「しばしば哲学的もしくは疑似哲学的な思索へと発展。読者はまるで観念の森をさまようかのように、(語り手)Mの抽象的な魂の彷徨につきあうこととなる。それが彷徨だけに、論理的な脈絡があやふやな場合もあり説明不足」。
 それよりなにより、ぼくにとっていちばん不満なのは、Lってほんとに D. H. Lawrence がモデルなの、という疑問がのこる点だ。そうと知ってから、かなり注意してLの言動をチェックしながら読んだつもりだが、たとえば "The Rainbow" における、「人間を決定的に分裂した存在と見なす深い絶望と、その絶望と等量の、いやそれ以上に激しい愛の希求、つまり猛烈な理想主義」を連想させるような記述はどこにも認められなかった。

 というわけで、前回アップした予想では、いちおう第3位に挙げておいたけど、フタをあけると落選という結果はむべなるかな、という気もします。結果論ですがね。

(写真は、高知県四万十川の岩間沈下橋遠景)

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