2014年のピューリツァー賞受賞作、Donna Tartt の "The Goldfinch"(2013)を読了。周知のとおり、これは2019年に映画化されたが日本では未公開。ただし Amazon Prime Video では鑑賞できるようだ。邦題は『ザ・ゴールドフィンチ』。さっそくレビューを書いておこう。
[☆☆☆★★★] 古くはケストナーの『消え失せた密画』をはじめ、かの『ダヴィンチ・コード』、さらには原田マハの諸作など、絵画を題材にした小説は数多いが、ジャンルとしてはミステリ仕立てのものが多いようだ。レンブラントの弟子ファブリティウスの名画「ゴシキヒワ」を扱った本書にしても、冒頭のニューヨーク、メトロポリタン美術館爆弾テロ事件や、名画の奪還をめぐる、終盤の手に汗握るアクションシーンなど、いちおうミステリらしい要素が盛りこまれている。が、序盤から中盤にかけては青春小説の色あいが濃く、事件で母親をうしなった主人公セオが少年から青年へと成長していくうちに出会った友人たち、セオが思いを寄せる娘ピッパなどとの交流が読みどころのひとつ。とはいえ、前半はやはりテロ事件を軸に「いったいどこへ連れていかれるのか、さっぱりわからない」予測不能の展開で、このテンションが最後までつづけば本書はジャンルを問わず、まちがいなく傑作だった。が後半、セオがしだいに内省を深めていくあたりからスローダウン。当初はそれが上のアクション場面など山場を迎える前の、いわば緩徐楽章的な働きを果たしているものの、やがて山場もなくなりセオの思索だけがのこって重苦しくなる。セオとピッパの関係をはじめ、名画の一件以外のエピソードもきれいに片づけば極上の文芸娯楽小説に仕上がったはずだが、作者はそれを安易な解決と見なしたのか、愛と人生、芸術におけるあいまいな「中間領域」へと踏みこんでいく。たしかに深みは増しているが、べつに瞠目するほどの内容ではない。それならいっそ、娯楽路線に徹してもよかったのではないか。