ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Claire Keegan の “Small Things Like These”(1)

 きのう "Season of Migration to the North" のレビューをアップしたあと、スイスの作家 Robert Walser(1878 – 1956)の "Jakob von Gunten"(1909, 英訳1969)を寝床のなかで読んでいたら、三軒先のドラ息子の家に本が届いたという知らせ。アマゾンUKに速達便で注文していた表題作だ。9日着という通知があり、そのあしたから旅行する予定なので受取先を変更していたのだけど、2日も早く届いてしまった。
 そこで急遽、Walser から Keegan に乗り換えた。Claire Keegan はアイルランドの女流作家で、短編からデビューしたらしい。Wikiによると、第2短編集 "Walk the Blue Fields"(2007)は much-awarded short stories で(未読)、前作 "Foster"(2010)は Davy Byrnes Short Story Award という賞を受賞(未読)。同書は 'long, short story' との評があり、この "Small Things Like These"(2021)にも当てはまりそうだけど、今年のブッカー賞一次候補作に選ばれたということは、ぎりぎり長編と判断されたってことでしょうな。
 ともあれ、こんども寝床読書になってしまった。4回目のコロナワクチン接種の副反応がひどく、一時は8度4分の高熱が出た影響がまだ少しのこっている。こんな体調でほんとに旅行に行けるのかな。いまから書くレビューもどうなるんだろう。

[☆☆☆★★★] 泣けた。話そのものは「小さな説」という小説にふさわしく単純なのだが、シンプル・イズ・ベスト。隣人愛を静かに謳った感動のクリスマス・ストーリーである。1985年、対話による北アイルランド問題解決にむけてイギリスとアイルランドのあいだで協定がむすばれた直後の冬、アイルランド南西部の町ニュー・ロスでは、石炭材木商のビル・ファーロングがクリスマスをひかえ仕事に追われていた。倒産のあいつぐ厳しい時代だったが、母子家庭で育ったビルは妻と五人の娘を養い、正しく生き、娘たちを名門カトリック校にかよわせ卒業させることを人生の目標にしている。が、その名門校のすぐ隣りの尼僧院に石炭を届けたとき若い女と出会い、ビルはある重大な決断を迫られることに。この決断にいたるまでタイトルどおり日常茶飯の描写がつづくが、幸せな家庭生活にもさざ波があり、ビルの心中にも、名も知らぬ父や亡き母、世話になった亡き恩人への思い、将来への漠然とした不安などが去来。その微妙なゆれ動きが町の人びととのふれあいとあいまって、じつに味わいぶかい些事の連続となっている。他人の不幸を座視することは悪だが、自己犠牲ほどむずかしい善行もない。針小棒大に解釈すれば、昨今の国際情勢にも通じる道徳的問題をはらんだ現代版『クリスマス・キャロル』である。ビルはスクルージとちがってエゴイストではないだけに「話そのものは単純」だが、これを読んで心を動かされないひとはたぶん、いないだろう。