ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Virginia Woolf の “To the Lighthouse”(1)

 Virginia Woolf の "To the Lighthouse"(1927)を読了。さっそくレビューを書いておこう。 

Modern Classics To the Lighthouse (Penguin Modern Classics)

Modern Classics To the Lighthouse (Penguin Modern Classics)

  • 作者:Woolf, Virginia
  • 発売日: 2000/10/31
  • メディア: ペーパーバック
 

[☆☆☆☆★] 灯台の光は、姿は時々刻々と変化する。よくよく観察すれば、空と海のあいだで一瞬たりとも同じものではない。たどり着いたかと思えば靄につつまれ消えてしまうこの存在を、「存在の瞬間」を捕捉することは果たして可能なのだろうか。それがタイトルと結末に即した本書の要諦である。他人はおろか自分の心さえも本当のところはわからない。こうした存在の闇の底を掘り下げ、「闇の核心」すなわち人生の本質を、人の魂そのものをえぐり出すためには、まず「永遠に過ぎさり流れゆく」人間の心理を、その変化のありようをつぶさに観察しなければならない。そこからヴァージニア・ウルフの「意識の流れ」という技法がはじまる。本書の登場人物は意識の流れるままに自分の心を見つめ、相手の心を読み、それぞれの心象風景に室内や自然の風景も取り込んでいく。難解だが絶美の表現である。それは観察の結果、絶えず移ろいゆく「瞬間から永遠なるものをつくり出し」、「瞬間の完成」を試みた作業である。このとき信頼に足る道具として、第一部ではラムジー夫人が言葉を、第三部ではリリーが言葉と絵画を想定しているようにも思える。がしかし、ペンや絵筆ではとうてい描きえぬ真実があることは論を俟たない。ウルフが終始一貫、これだけ存在の瞬間を紙上に定着させようとしつづけたのは、それが至難の業であるがゆえの深い絶望の証左ともいえよう。「理性や秩序、正義は存在せず、あるのは苦しみと死だけ」というラムジー夫人の言葉はその絶望を反映したものかもしれない。だが本書では、そうしたペシミズムを導く悲劇は、夫人の息子の戦死をはじめ、あくまで断片的、間接的にしか描かれていない。ここには人間心理の観察者しか登場せず、観察者同士の葛藤から劇的な対決が生まれることもない。本書の、あるいは作者の限界を物語っているのではないか。