ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Tobias Wolff の "Old School"

 多忙につき今日も昔のレビュー。

Old School (Vintage Contemporaries)

Old School (Vintage Contemporaries)

[☆☆☆☆] 短編の名手トバイアス・ウルフが初めてものした長編で、03年度全米書評家協会賞の候補作。最初は短編作家らしく、章ごとに完結した作品とも読めるが、やがて一貫したテーマが明らかになり、一つの大きな事件を契機にまぎれもない長編として仕上がっている。主筋の大部分は、ある架空の作家がアメリカ東部の名門校で過ごした少年時代の回想で占められるが、本書は青春小説としてかなりユニークだ。というのも、主人公が在籍した学校では、著名な文学者による講演会と、その作家が生徒の優秀作品を選ぶコンテストが定期的に催されていたという。それゆえ、例えば詩人のロバート・フロストやヘミングウェイなどが登場し、いかにも本物らしい発言をするのが面白いし、いくつか紹介される生徒の作品も、文学における創作の秘密をかいま見せてくれる。その秘密は誠実な自己省察にある、とウルフはどうやら述べているようだ。事実、本書の主な登場人物はすべて、自分の内面の問題について深く思いをめぐらせており、そのように自分自身と真剣に格闘した心の記録には胸を打たれずにはいられない。詳細は省くが、主人公が遭遇する大事件にはヘミングウェイがかかわっているので、ヘミングウェイのファンなら必読書と言える。難易度の高い口語表現も散見されるが、英語は実に標準的なものだ。

 …未確認だが、飛田茂雄氏が亡くなって以来、トバイアス・ウルフの作品が翻訳されることはあまりなくなったのではないか。本書など、氏が健在なら、とうの昔に訳書が出ていることだろう。トバイアス・ウルフの短編を愛好している大学の先生方に何とか頑張ってもらいたいものだ。…などと、素人レビュアーのぼくが外野席から野次を飛ばしても意味がない。今日この本を採りあげる気になったのは、今読んでいる R. J. Ellory の "A Quiet Belief in Angels" と違って、ああ、やっぱりこれが文学というものだな、と思ったからである。その差を一言で言えば、人間の内面をどれだけ深く掘り下げているか、ということだ。もっと詳しく書きたいが、とにかく忙しいので続きはまた後日。