ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Diane Setterfield の "The Thirteenth Tale"

 世間は連休モードだが、ぼくは何かと忙しく、ぼちぼち本を読んでいる程度。前回、『嵐が丘』に軽くふれたので、今日はゴシック・ロマンについて。

The Thirteenth Tale

The Thirteenth Tale

[☆☆☆] 久しぶりにゴシック・ロマン風の小説を読んだが、古い館と美女の危機という通俗的なパターンからは脱しているものの、さりとて何か新味があるわけではなく、まして『嵐が丘』や『レベッカ』のような水準には達していない。といっても、決して退屈なわけではない。本への愛情、読書の喜びに満ちた筆致に好感が持てるし、流行作家に伝記の執筆を依頼された主人公の物語と、作家が語る半生の記がうまく絡みあい、その二重構造が作品に絶妙な変化を与えていることも分かる。が、ゴースト・ストーリー風に綴られる肝心の作家の物語にさほど蠱惑的な謎の提示がなく、何か不思議な事件が起こっても、あとで合理的な説明があるのだろうとしか思えず、それゆえ主人公ほど夢中になれなかった。事実、そういう説明はなされるのだが、これまた別に奇想天外な話ではない。作家の処女短編集に載るはずだったという幻の「13番目の物語」に至っては…。著者がフィリス・ホイットニーやヴィクトリア・ホルトのような類型的ゴシック・ロマン派のパターンを破ろうとした試みは評価したいが、現実的な説明が多すぎるのが残念。ただし、これは評者が本書の題名から、現実の地平線に忍び寄る異次元の物語を期待しすぎたせいかもしれない。英語は標準的で読みやすい。

 …これも昔のレビュー。07年度のアレックス賞受賞作の一つで、映画化の企画もあるらしいが、正直言って「題名負け」した作品だ。『13番目の物語』とは何と魅力的なタイトルだろうと思ったら、子供だましみたいな話でがっかりした。上のレビューにも書いたように、いろいろ不思議な事件が起きるまではいいのだが、その種明かしが多すぎて興ざめする。こういうゴースト・ストーリーは、作者自身がなかば本気で信じていないと、少なくとも、読者にそう思わせるほどでないと説得力がない。
 その点、先週読んだ Lisa See の "Peony in Love" は、時代背景が明の末期から清の初期ということで、大いに得をしている。登場人物はみんな幽霊の存在を信じているし、読者もそういう前提を別に疑いもしないからだ。ところが、現代を舞台にしたゴースト・ストーリーは、怪奇現象を当然視する前提がないだけにかなり難しい。ファンタジーなら独特の世界を築くことが許されるし、「古い館と美女の危機という通俗的なパターン」を踏襲すれば、これまた「そんなものだ」ということで一定の読者が期待できる。そういう安全策をいっさい採らず、時代小説にも逃げず、あえて現代の日常生活を中心にゴースト・ストーリーを書いた Diane Setterfield の試みは大いに評価できるのだが、眼高手低、できあがった作品は新境地を開拓したとまでは言えない。怪奇な事件にあれこれ説明をつけることで、理に落ちているからだ。それはつまり、作者が自分の書くことを「なかば本気で信じていない」証拠でもある。
 要するに、合理主義の時代にあってはゴシック・ロマンや幽霊話は成立しにくいわけだが、たとえば昨年のブッカー賞候補作、Nicola Barker の "Darkmans" に見られる、「現実の事件を夢とも幻想とも形容できるような筆致で描」く手法、マジック・リアリズムの方法なら効果的かもしれない。不思議な出来事をいちいち、あとで解説しなくてもいいからだ。今にして思えば、"Darkmans" こそ、「シュールな幻想小説というかオカルトというか、夢の中のような不条理な事件」を扱っている点では、現代版ゴシック・ロマンの秀作だったような気がする。("Darkmans" のレビューは昨年9月24日の日記 http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20070924/p1)

Darkmans

Darkmans