ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Flaubert の "Madame Bovary"

 フローベールの名作『ボヴァリー夫人』を Oxford World's Classics 版で読みおえた。今までの雑感とたいして変わらないが、さっそくレビューを書いておこう。
 本書は1933年にジャン・ルノワール監督作品として初めて映画化され、その後も何度か映画化されています。

Madame Bovary (Oxford World's Classics)

Madame Bovary (Oxford World's Classics)

[☆☆☆★★★] 世界文学屈指の名作…のはずだが、意外にも人物、主筋ともにステロタイプの極致で、現代の基準に照らせば陳腐きわまりないメロドラマ。だが、浮気女といえば文学ファンならボヴァリー夫人を連想するように、この種のフィクションにおけるひとつの典型を確立した小説とも言える。その手法は堅実無比、性格や心理の描写は精緻をきわめる。何しろ本番が始まるまで全体の半分近い紙幅が割かれているのだ。むろんキリスト教の戒律によれば、夫人はすでに心の中で姦淫を犯している。が、そのエピソードもふくめて長大な導入部における人物造形からは、やがて夫人が過ちを犯すことになる必然性が充分に読みとれる。燃え上がる情熱、官能の喜びが暗転することも必然的な流れだが、ロマンスにあこがれる軽薄な女がその性格ゆえに破滅するという展開は、シェイクスピア悲劇にも通じる近代フィクションの原型。それはまた、当時における不倫というハードルの高さを物語るものでもあり、総じて説教臭さのない道徳的小説となっている。なお、この英訳はとても読みやすく、巻末の注釈も充実しているので、原文と比較対照したわけではないが決定版と言えるかもしれない。