予定よりかなり遅れてしまったが、今年の英連邦作家賞(Commonwealth Writers' Prize)受賞作、Rana Dasgupta の "Solo" を何とか読みおえた。さっそく、いつものようにレビューを書いておこう。
[☆☆☆☆★] 現実と幻想の混淆を描いた
マジック・リアリズムの小説は数多いが、
マジック・リアリズムをもちいる必然性がはっきりしている作品は意外に少ない。その点、本書のテーマはずばり人生の夢であり、夢を描くのに
マジック・リアリズムほど適切な技法はないかもしれない。全体は2部構成で、第1部は
ブルガリアの首都ソフィアに住む百歳近い老人の自伝。
オスマン=トルコ帝国からの独立に始まり、
ナチスドイツによる侵略、
赤軍による解放、
共産主義体制とその崩壊といった大きな歴史の流れを背景に、子供のころ夢中になったヴァイオリンを父親に焼却されたり、妻が子供を連れて出奔したりといった事件がどんどん続く。それゆえ、人生の有為転変、悲喜こもごもを描いた普通の伝記物だ…と思っていると、第1部の終幕あたりから様相は一変。盲目の老人は今や白日夢の世界に住み、次から次にフィクションを創造(想像)することによって生きている。そのフィクションが第2部で示されるのだ。舞台は
ブルガリアの田舎町や
トビリシ、さらにはニューヨークと移り変わり、最初は無関係に思えたそれぞれのフィクションが共通の人物によって結びつき、やがて第1部の老人も登場。まさに現実と幻想が混在する不思議な世界が繰りひろげられる。とはいえ結末を見れば、それが老人の少年時代からの人生の夢に発していることは明らかだ。普通のリアリズムと
マジック・リアリズムによって、どちらもストーリー性豊かに人生を再構成している点がすばらしい。英語は標準的なもので読みやすい。