ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Andrew Michael Hurley の “The Loney” (1)

 きょうはまず全米図書賞の話題から。受賞作の "The Underground Railroad" はガーディアン紙で本命扱いされていたし、The Mookse and the Gripes のディスカッションでも一番人気。というわけで実際、フタをあけると大方の予想どおりだった。
 が、ぼくはレビューや一連の駄文で述べたように、あまり高く評価していない。その理由はここでは省こう。それより、受賞結果を知って思ったことがある。
 National Book Award というのは、日本では「全米図書賞」と紹介されるものの、アメリカの立場に即すと、national にポイントがあるのではないか。単に作品の出来ばえだけでなく、nationality にかかわる問題をテーマにしている点も選考基準なのではあるまいか。
 もしかしたら、そのように明文化されているのかもしれないが、ぼくはこの賞にそれほど興味がないので不勉強。とにかく、作品の良し悪しだけなら、ほかにもたくさん秀作がありそうなものなのに、どうしてこんな本を受賞作、あるいは候補作に選ぶのだろうと、前から疑問に思うことが多かった。
 今回もそんな疑念に駆られたが、nationality も基準のひとつ、と考えれば納得。この点では、おそらく文句なしの選定ではなかったかと推察する。ただ、正直言って、出来そのものは「いちおう合格ラインをクリア」といったところ。邦訳はまず出ないでしょう。日本では売れそうにないからだ。
 前置きがずいぶん長くなった。ここからが本題。2015年のコスタ賞処女小説賞受賞作、Andrew Michael Hurley の "The Loney" を読了。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆]「ゴシックの傑作」というふれこみだが、実際はまずまずの水準作。中年男のスミスが最近のマスコミ報道をきっかけに、少年時代、スコットランドの村で体験した奇怪な事件を回想する。イースターの巡礼で訪れた海辺の古い館、深夜の奇妙な物音、隠し部屋。べつの古屋敷で目にした美女。不可解な死を遂げた神父。ゴシック・ロマンス定番の舞台と人物設定だが、そこで示された謎はいずれも人間関係に由来するもので、およそ蠱惑的とはいいがたい。地方色豊かな美しい自然や、怪しげな雰囲気の描写には見るべきものがあるが、事件の展開にサスペンス味が薄く、盛りあがりに欠ける。スミス自身をはじめ、ひとが恐怖におののくような場面も少ない。これは結局、各人物が巡礼者もふくめ、人知を超えた幻想や超自然の世界とは無縁のまま、実証的な経験と事実の支配する日常世界にとどまっているからだ。信仰を忘れた神なき現代では、もはやゴシック・ロマンスの傑作は生まれにくいのかもしれない。