ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Francesca Segal の “The Innocents” (1)

 あと1回、Laurent Binet の "HHhH" について補足しなければと思っていたが、2012年のコスタ賞最優秀新人賞受賞作、Francesca Segal の "The Innocents" を先ほど読みおえたので、きょうはそのレビューを書いておこう。

[☆☆☆★] ふたりの女のあいだで男がゆれ動く恋物語。とくれば陳腐なメロドラマを連想するが、恋愛以外の要素もたっぷり盛りこまれた文芸エンタテインメントに仕上がっている。舞台はロンドン北西部、ユダヤ人のコミュニティ。アダムと少年時代から恋仲だったのは、清純無垢、善良で誠実、ユダヤの伝統をよく受け継いだ理想の相手レイチェル。そんな彼女とアダムが婚約した矢先、レイチェルの美人のいとこエリーがアメリカで不祥事を起こして帰国する。エリーは自由奔放で年上の妻帯者と関係、コミュニティの異端的な存在だが、アダムは彼女の孤独で傷つきやすい心に気づき、しだいにその純粋さに惹かれていく。ユダヤの宗教行事を中心に、家族生活や友人知己との交流などがきめこまかく描かれ、主筋の展開を忘れそうになるほど饒舌。強い絆で結ばれた独特の社会が浮き彫りにされ、社会全体の保守的な価値観と、若者の自由な恋愛衝動との相克という副次的なテーマも派生。単純な恋愛ドラマに厚みを増している。反面、主筋に戻るまで長すぎて、いささか退屈してしまうのが残念。