ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

David Grossman の “A Horse Walks Into a Bar”(2)

 やっと2回目にこぎ着けた。既報のとおり、ブッカー国際賞 (The Man Booker International Prize)の今年の受賞作である。昨年から同賞の対象は作家ではなく作品に変更され、その意味で本書は第2回受賞作。
 去年の Han Kang の "The Vegetarian"(☆☆☆★★★)もなかなかよかったが、今年はさらにその上を行く作品が選ばれたように思う。ぼく自身、☆☆☆☆を進呈したのはじつに久しぶりだ。
 もっとも、「最初は何のことかよくわからなかった」。イスラエルのナイトクラブのショーで、「スタンダップコメディーの芸人が速射砲のごとくジョークを飛ばしつづける」。だから、たしかにおもしろいことはおもしろいのだが、クスクス笑っているうちに、待てよ、いったいこの狙いは何だろうと考えたとき、勘の鈍いぼくには見当もつかなかった。
 ただ、読み終わってみると、もう少し早い段階で気がつくべきだったと思う。それが早ければ早いほど、本書のすごさがさらに実感できたのではないか。そのすごさとはこんなものだ。「芸人は人生の意味を、自分のアイデンティティを問い直しつづけ、元判事も自分を見つめ、そんな話に読者のほうはすっかり夢中。少なくとも自伝小説の中で、今までこんなコメディーショー、こんなド迫力の話芸に接した記憶はとんとない」。
 たとえて言えば、横山やすしが、しゃべくり独演で八方破れの人生を物語るうちに、客のほうも自分の人生を振り返る。ショーと芸人、客の回想が入り混じった「涙と笑いの一大狂騒曲」である。
 むろん、ネタとしては決して目新しいものではない。「亡き父や母の胸をえぐるような思い出」など、あまりにも陳腐。ところが、それが「こんなド迫力の話芸」でしゃべられると、ちっとも陳腐に聞こえない。むしろ、ぐんぐん引き込まれる。
 主人公の芸人 Dovaleh は最後、父親のことをこう語る。He looked at me, I saw his eyes slowly get closer together, and I had the clear sense that he was beginning to understand. I don't know how, but he had animal instincts about that kind of thing. You'll never convince me he didn't. In that one second, he grasped everything I'd done on the way, my whole lousy accounting. He read it all on my face in one second.(p.194)
 このくだりを読んだとたん、それまで☆☆☆★★★は間違いなし、と思っていた評価が一気に☆☆☆☆へとアップ。my whole lousy accounting の具体的な意味についてはネタバレになるので紹介できないが、要するに、「エゴイズムという人間存在の本質をえぐり出すオマケ」である。
 とにかく、「文字どおり圧倒されてしまった」ぼくは、ぼくにしては珍しく、裏表紙にどんな宣伝文句が載っているかながめてみた。すると、'A short, shocking masterpiece' という〈サンデー・タイムズ紙〉の評。ほんと、そのとおりです。
(写真は、宇和島市宇和津小学校の前からながめた仏海寺方面。赤く見えるのは、前にアップした八百屋さんの自販機)。