ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Richard Powers の “The Overstory”(2)

 恥ずかしながら、Richard Powers の作品はいままで読んだことがなかった。書棚に何冊か旧作は陳列してあるのだが、どれも分厚くて、しかもコワモテ。何だかとっつきにくそうで敬遠していた。
 しかし去る5月ごろ、今年のブッカー賞の下馬評をチェックしているうちに本書が目についた。(1)でアップしたのはアメリカ版だが、実際に読んだのはイギリス版。そのカバー絵がなかなかいい。というわけで、どんな話かも確かめず、久しぶりにジャケ買い
 まずまず当たりかな。よし、旧作も読んでみようという気にはならなかったが、すごいイマジネーションの産物であることは間違いない。その点、何人か既読の現代作家とくらべてみると、Powers はイギリスの David Mitchell と肩をならべるほどの鬼才ではないでしょうか。いくら商売とはいえ、〈樹木小説〉だなんて、よくまあケッタイなアイデアを思いつくものだ。
 けれども、ぼくは Mitchell のほうがお気に入り。"The Thousand Autumns of Jacob de Zoet"(☆☆☆☆★)を読めばわかるとおり、彼は「おのれの信念を貫きとおす人間の見事さ、自己犠牲の美しさ」など、人間の本質にかかわる問題をきちんと表現できる作家だからだ。その片鱗は "Cloud Atlas"(☆☆☆☆★)でもうかかがえる。奇想天外な設定に筋が一本しっかり通っている。
bingokid.hatenablog.com
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 その点、Powers はどうなのかなあ。〈樹木小説〉といっても、人間ドラマとして見ると、要はエコロジー派と反エコロジー派の争い。ふつうに考えれば、どちらが善玉か明らかでしょう。その紋切り型どおり「善玉・悪玉の色分けがはっきりしている」点がぼくには大いに不満。いや、これは人間ドラマではなく、主役はあくまで樹木なのだから仕方がない、と言われればそれまでなのだけど。
 何ヵ所か引用があることからも分かるように、本書には Emerson や Thoreau の思想(civil disobedience p.468)が流れている。一方、少しだけネタを割ると、森林の伐採を阻止すべく、製材会社だったかの施設に犯人グループが放火したとき死者が出た一件については、良心の呵責という次元でしか扱われていない。Thoreau たちの同時代人 Melville の洗礼を受けた作家なら、そんな書き方はしなかったはずだ。いや、それも主役が樹木だから、ということなんでしょうかね。
 以上、ないものねだりのイチャモンでした。
(写真は、愛媛県吉田町側から見た高森山。標高は東京スカイツリーと同じ634m。手前の道が国道56号線。現在は豪雨の影響でまだ片側通行らしい)