ゆうべ、Hilary Mantel の最新作 "The Mirror & the Light"(2020)を読了。ご存じ Wolf Hall Trilogy の最終巻で、第1巻 "Wolf Hall"(2009 ☆☆☆☆★)、第2巻 "Bring up the Bodies"(2012 ☆☆☆★★)に引きつづき、Mantel 3度目のブッカー賞受賞なるか、と現地ファンのあいだでは話題になっている。
また現在、今年の女性小説賞ロングリストにノミネート。下馬評では1番人気に推すファンも多いようだ。さっそくレビューを書いておこう。
[☆☆☆★★] 16世紀前半、イングランド王ヘンリー8世に仕えた宮内長官トマス・クロムウェルの生涯を描いた三部作の最終巻。幕切れが圧巻で、これは文句なくすばらしい。おかげで評価もぐんとアップした。このフィナーレをいっそう楽しむには、史実は知らないほうがいい。ただ、どんな結末になるか、途中でおそらく予測がつくはずだ。その意味では本書の展開は型どおり。また終幕に匹敵する山場がほかにないのも欠点のひとつだが、これはむりもない。史実を曲げてまで大事件を創作するわけにはいかないからだ。専制君主ヘンリー8世の横暴ぶりを物語るエピソードは数多いが、巻を追うごとに二番煎じ、三番煎じの感は否めない。王の命を受けて、あるいは意を汲んで諸侯、貴婦人などと丁々発止、持ち前の現実主義を発揮して渡りあうクロムウェルの活躍も、やはり旧作ほどには華々しくない。とはいえ、地味な元ネタからそれなりにおもしろい物語を仕上げた手腕はさすがマンテル。この点にかぎり掉尾を飾るにふさわしい出来ばえである。ヘンリー8世には当時のヨーロッパの宮廷を通じて「最高のインテリのプリンス」との評もあるが、そうした側面が本書でカットされているのは、キャラクターの単純化、もしくは作者の歴史観によるものだろう。EU離脱、スコットランド独立問題、王室のスキャンダル、コロナ禍などで揺れるイギリスの現代を思い浮かべると、彼の国は昔もいまも本質的にはさほど変わらないようにも思えるが、そういう感想を導くような計算が本書でなされているかどうかは不明。「あしたも、あさってもあるかのように死ぬ」という文言に、イギリスの将来を、作者の予想と覚悟を読みとるかどうかも読者次第だろう。