Indra Sinha の "Animal's People" を読了。これで今年もブッカー賞の最終候補作をぜんぶ読んだことになる。アマゾンへの投稿はもうやめようかと思ったが、習い性でレビューを送ってしまった。(その後、削除)
- 作者: Indra Sinha
- 出版社/メーカー: Simon & Schuster Ltd
- 発売日: 2007/03/05
- メディア: ペーパーバック
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…向こうの紹介記事を読んだら公害事件の話らしかったので、社会正義の押しつけはかなわないと思って今まで敬遠していたのだが、これは意外によかった。たぶん賞は取れないだろうが、独断と偏見に満ちたぼくの評価では、全候補作中で三番目の出来ばえだ。あちらの下馬評は低いが、大穴をねらうならこの作品だと思う。
本書が成功を収めているゆえんはいくつかある。まず主人公の設定がいい。それは単に、四つ足の「動物」と化した人間という一風変わったキャラだからというだけでなく、この人物が内面にさまざまな矛盾をかかえ、その矛盾に苦しんでいる人間として描かれているからだ。惚れた娘への純愛と性欲の葛藤がいい例だろう。次に、価値観の異なる複数の人物を配することによって、心理的な緊張関係が生まれている点も買える。欲を言えば、この点をもっと書きこんでもらいたかったが、それでも単なる善玉悪玉の色分けに終わっていないのがよい。こうした人物設定に加え、主人公がなんと死体標本と会話を交わしたり、内心の自分と話し合ったり、はたまた、意識の流れ的な描写や、現実とも幻想ともつかぬシュールな場面が出てきたりする。そしてそんな叙述の変化を支えるパワフルな文体があるわけだ。
つまり本書は、正しい主張を述べれば能事足れりという政治的なアジテーションではなく、その主張を説得力のあるものにすべく、いろいろな工夫がほどこされた作品なのである。この工夫が、同じく今年の候補作である Mohsin Hamid の "The Reluctant Fundamentalist" には足りなかったわけだ。事件の告発というテーマゆえに限界はあるものの、複雑な人間の心理という普遍的な問題に迫っている点で、この「印パ対決」はインドのほうに軍配を上げたい。