ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

今年の全米批評家(書評家)協会賞

 National Book Critics Circle Award(全米批評家協会賞)の発表があり、候補作は3冊しか読んでいなかったが(うち1冊はあと少し)、その中でイチオシだった去年のブッカー賞受賞作、Hilary Mantel の "Wolf Hall" が見事ダブル受賞に輝いた。
 あとの候補作は未読だが、少なくとも3冊の中では断然すぐれていると思うので、この結果はきわめて順当だろう。本書の内容はすでに周知のとおりだが、いちおう去年書いたレビューを再録しておく。

[☆☆☆☆★] ヘンリー8世と王妃キャサリンの離婚、アン・ブリーンとの再婚という有名な大事件の顛末を描いた力作歴史小説。大法官トマス・ウールジがローマ法王庁との離婚折衝に失敗して失脚したあと、ウールジの庇護を受けていた主人公トマス・クロムウェルが宮廷に出仕、ヘンリーやキャサリン、アン、その姉で王の元愛人メアリー、さらにはトマス・モアなど、それぞれ立場の異なる要人のあいだを自在に動きまわり、持ち前の政治手腕を発揮してヘンリーとアンの結婚をお膳立てする。生まれは鍛冶屋の息子だったというこのクロムウェルの目と耳を通じてヘンリーの横暴、アンの傲慢ぶりなど、当時の王侯貴族や貴婦人たちの素顔や生態がリアルに描かれ、そのドタバタぶりが愉快な裏話、楽屋話に仕上がっている。と同時に、クロムウェルがウールジの失脚や妻子の病死など数かずの苦難を乗りこえ、卑しい身分から国王の絶大な信任を得るまでにのし上がるというサクセス・ストーリーでもある。狼どもの群がる宮廷にあって情報収集を心がけ、さまざまな策を弄して相手を意のままに操ろうとするトラブルシューター、金権政治クロムウェル。その生きざまはすこぶる現代的で、この歴史小説に新鮮な命を吹きこんでいる。さようにしたたかな現実主義者クロムウェルと、「信念のひと」トマス・モアとの対比も鮮やかだ。どちらがみごと生きかたかという判断こそ示されないものの、少なくとも読者が考える材料にはなっている。なお、森護の『英国王室史話』などを併読すると本書の興味は倍増することだろう。