ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2013年ノーベル文学賞

 ビッグニュースが飛びこんできた! なんと Alice Munro がノーベル文学賞受賞! ぼくはたまたま、彼女の第1短編集 "Dance of the Happy Shades" (1968) を読んでいる最中だけに、つい先ほどネットでニュースを知ったとたん、思わず「えっ」と叫んでしまった。こんな偶然もあるものなんですな。
 「読んでいる最中」といっても1日1話。まるでカタツムリくんのペースで、きょうもブログをサボってそろそろ寝ようと思っていたところだ。ほんとうは同書の雑感の続きを書くべきなのだが、急遽 Munro の受賞を祝し、唯一の長編 "Lives of Girls and Women" (1971) と、最新短編集 "Dear Life" (2012) のレビューを再録しておこう。

Lives of Girls and Women: A Novel (Vintage International)

Lives of Girls and Women: A Novel (Vintage International)

[☆☆☆☆] 1940年代、オンタリオ州の田舎町を舞台に、ある少女の小学校から高校時代までのエピソードが年代記風に綴られたもので、実質的には連作短編集に近い。何より驚くのは冷徹で繊細な観察眼だ。その目はあらゆるものを観察してやまない。室内外の光と影、人物のちょっとした表情、言葉の響き、心の変化。物心両面にわたって鋭敏な感覚がとことん細部にこだわり、対象を冷静に分析、客観的に位置づけていく。それゆえ、ハートウォーミングな、あるいは悲痛な場面でも適度に感情が抑制され、子供らしいドタバタ喜劇にしても、ローカル・ピースならではの素朴なユーモアにしても品がいい。頑固な母親との軋轢、親しい友人とのふれあいと別れ、性の目ざめ、初体験。核心にあるのは、幼い娘から大人の女性へと成長していく少女の通過儀礼だが、それぞれの局面における現実、それも社会的な現実だけでなく、人間の内面的な現実が容赦なくあばきだされるのが特色だ。その現実をしかと見すえ、強く生き抜こうとする不屈の意志が成長の鍵となっている。自己観察により、矛盾した感情が同時にえがかれる 'Baptizing' が全編の白眉。感情の凝縮されたすこぶる濃密な文体で集中力を要するが、方言まじりの会話を除けば標準的な英語である。
Dear Life: Stories (Vintage International)

Dear Life: Stories (Vintage International)

[☆☆☆☆] 10編の短編と4つの自伝的な心象スケッチを収めた作品集だが、心にしみるのは後者。両親や隣人などの思い出を綴った表題作をはじめ、とくに技巧もほどこさず、といっても簡潔かつ的確に、また愛情豊かに人生で忘れえぬシーンを紙上に再現している。人のぬくもりを感じさせる小品群だ。一方、短編のほうはストーリー性に富み、偶然の出来事をうまく積み重ねた構成の妙が光る。男と女がたまたま出会い、恋心なり親近感なり、なんらかの感情が流れる。やがてそれが不倫や失恋、別離、夫婦の危機へとつながっていく。よくある話だが、途中に意外なひねりがあったり、副筋とは思えぬ広がりがあったり、凡百のメロドラマとは一線を画している。甘ったるい愛情や善意の礼賛ではなく、ぴりっとワサビのきいた話が多いのもその証左。偶然は人と人を結びつけるが引き離しもするし、その出会いと別れもじつにさまざま。人生とはおもしろいものだ、という当然の事実を改めて実感させられる好短編集である。英語はごく標準的で読みやすい。