本書はなにしろ名作中の名作である。ぼくがここで書いていることなど、世界文学ファンなら先刻承知の常識ばかりだと思うが、ざっと40年ぶりに読み返してみると、例によって不勉強のぼくには意外な発見があり、なかなかおもしろい。
たとえば、タイトル以外にも対照的な要素が盛りだくさんで、さながら「対比のオンパレード」の様相を呈していようなどとはつゆ知らなかった。ところが、いったんそれに気づいてその目で読むと、おやおや、あれも対比これも対比。最初はちと類型的な人物に思えた M. de Renal でさえ、Julien と「聖と俗」の対比をなしている。なるほど、だからこそ、Renal 自身は一見型どおりに描かれていたのだなと、Stendhal の巧みな小説技術の一端を知った思いがする。でもこれ、『世界の十大小説』の中でモームが書いていることかもしれませんな。
さて、いよいよタイトルの対比だが、初出の言及箇所はたぶんここだろう。'It's true that I could earn a few thousand francs here [at Renal's house], he said to himself, then go back better equipped to the profession of soldier or priest―depending on the fashion currently ascendant in France.' (p.82)
むろん、Julien はそもそも、神父のもとで神学とラテン語を学びながら、ひそかにナポレオンに心酔している青年であり、登場したときからすでに「赤と黒」、つまり軍人と聖職者の対比を体現した人物である。その野心、出世欲、プライドはもちろん俗なるものだ。身分の高い Mme de Renal を征服しようとする気持ちもしかり。
が、Julien は一方、「うぶで shy、純情な青年」でもあり、だからこそ M. de Renal との対比も生まれる。そのいわば聖なる部分は、Renal 夫人の深い愛情にふれた瞬間、如実のものとなる。'Julien's suspicious nature and his painful pride, which above all needed a love full of sacrifices, could not resist the sight of so great and so indubitable an offering, made to him every moment. He adored Mme de Renal. She's a beautiful and noble being, I'm the son of a worker, she loves me ... I'm not attached to her lackey ordered to play the part of a lover. This anxiety dispelled, Julien fell into all the extravagances of love, into all its deadly uncertainties.' (pp.126-127)
つまり、野心やプライドゆえの―Julien 自身の言葉を借りれば 'a heroic duty' としての愛ではなく、真の愛情を夫人にそそぐようになったとき、Julien はその「汚れを知らぬ清純な心」を遺憾なく発揮する。まあ、このあたりはその昔、さぞ胸をときめかせながら読んだことでしょうな。
が、年を取ってから読むと、残念ながらトキメキ度はダウン。それどころか、おや、これが Julien Sorel の破滅の原因だったのかと気がつく。もっとも、ぼくは彼が破滅することを憶えていなかった。結末を知った上でメモを頼りに読み返し、'all its deadly uncertainties' とは微妙な伏線だったのかな、と思った次第である。
(写真は、宇和島藩主伊達家の菩提寺、等覚寺の山門から見た本堂)。