ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Evelyn Waugh の “Sword of Honour”(1)

 きのう、Evelyn Waugh の "Sword of Honour"(1965)をやっと読了。周知のとおり、これは "Men at Arms"(1952)、"Officers and Gentlemen"(1955)、"Unconditional Surrender"(1961)を一冊にまとめた『名誉の剣』三部作である。
 合冊版を上梓する際、Waugh は若干の修正を行ない、a single story として読まれるように意図したむねを序文にしるしている。その意図に反し、あえて三作をそれぞれ単独の作品として評価すれば、第一部☆☆☆☆、第二部☆☆☆☆★、第三部☆☆☆☆★★となるが、これはむろん座興にすぎない。さっそくレビューを書いておこう。 

Modern Classics Sword of Honour (Penguin Modern Classics)

Modern Classics Sword of Honour (Penguin Modern Classics)

 

[☆☆☆☆★★] 一朝有事の際、ひとはいかに行動すべきか。非常に重大な問題だが、これを鬼才イーヴリン・ウォーはコメディの体裁を借りて提出。ほかに類例を見ない非凡な着想であるばかりか、奇をてらった戯れごとではなく、歴とした必然性にもとづくものである点に感嘆せざるをえない。この世は本質的に不条理であり、人間もまた不条理な存在であるかもしれぬ。それなら有事とは、世界と人間の本質が平時にもまして露呈する状況ではなかろうか。こうした世界観、人間観の根底には条理への強い希求がある。条理があることを望めば望むほど不条理が認識されるのだ。主人公は冴えない中年男、ガイ・クラウチバック。第二次大戦直前、祖国イギリスに迫る危機に際し、年齢を顧みず軍隊に志願、正規軍らしからぬ遊軍的な連隊に所属。第一部では、最前線から遠く離れた仏領アフリカで不本意な小競りあいに巻きこまれ、第二部では、元妻の不倫相手ひきいるコマンド部隊の一員としてクレタ島に上陸するも撤退を余儀なくされる。第三部では、連絡将校としてユーゴスラヴィアに派遣されるものの、パルティザンの打算的な動きに翻弄され、ユダヤ人難民の女性を救えなかったことに失望する。以上の主筋と平行して、ガイの元妻ヴァージニアをめぐる恋愛沙汰が抱腹絶倒もののコミックリリーフとなるが、彼女も戦争という極限状況におかれ、本性を発揮している点ではガイと等しい。異なるのは、ガイが正義を気にかけ、いわば「名誉の剣」を手に十字軍の騎士たらんとしたことだ。その試みはコミカルに挫折する。そもそも時代が、世界が不条理なのだ。国教会の首長たる英国王が無神論者の街スターリングラードに「名誉の剣」を贈呈し、それを多くの英国民すなわち信徒が祝福するとは、まさに不条理そのものである。それはまた、およそ世界のだれもが殺しあい、なんらかのかたちで戦争に参加することによって個人的な名誉心を満たそうとする不条理でもある。ガイは、さほど敬虔ではないにしろカトリック信者。危機に臨み、神の定めのなかで、小さくともおのれにしか為しえぬ務めを果たさなければと考える。しかしその個人的な努力は実を結ばない。彼の「名誉の剣」は折れ、求めた名誉も虚妄にすぎなかった。けれども、彼が理想主義者たらんとしたことは疑いようがない。そして「条理があることを望めば望むほど不条理が認識される」。本書はかくのごとき不条理を描いた、いわば〈シリアスなコメディ〉として世界文学史上にのこる傑作である。それだけではない。「一朝有事の際、ひとはいかに行動すべきか」と、永遠の課題をいまなお読者に突きつけてくる傑作なのである。