ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Patrick Chamoiseau の “Slave Old Man”(1)

 きのう、今年の全米批評家協会賞(対象は昨年の作品)の最終候補作、Patrick Chamoiseau の "Slave Old Man" を読了。Patrick Chamoiseau は1992年に "Texaco" という作品でゴンクール賞を受賞したこともある作家で、カリブ海マルティニーク島出身。本書は1997年にフランス語とクレオール語で書かれた原作の、昨年刊行された英訳版である。さっそくレビューを書いておこう。 

Slave Old Man: A Novel

Slave Old Man: A Novel

 

 [☆☆☆★] 19世紀、カリブ海の島の農園から年老いた黒人奴隷が逃亡。そのあとをまず猛犬が、ついで農園主も追跡。とくれば、その後の展開も結末もおおよそ見当がつくはずだが、読めば読むほど想定外。本書は筋らしい筋のない、物語性をまったく度外視した作品だからだ。老人はむろん自由を求めるものの、それ以上に彼は密林の奥へ分けいることで、みずからの存在の根底、種の根源へと突き進んでいく。そこに現れるのは、パワフルな詩的イマジネーションによって構築された祖先の住む幻想世界。老人は無数の祖先の声を聞き、その霊と一体化することで現存の秩序から脱却、アイデンティティを確立しようとしている。その幻想世界は追跡者にも影響を与える。道に迷った農園主は恥辱を自覚し、孤独と苦悩のなかから再生。老人に追いついた番犬も霊的な存在と接触することで安らぎを得る。太古の森にのこる岩と人骨から想像した物語という設定だが、芸術性の高い斬新な作品ではあるものの、人間ドラマが欠落しているため深い感動は得られない。ドラマとしては陳腐な筋立てになるのを避け、想像力を駆使して芸術の極北を目ざしたということだろうか。