ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Joshua Cohen の “The Netanyahus”(1)

 今年のピューリツァー賞受賞作、Joshua Cohen の "The Netanyahus"(2021)を読了。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★★] 恥ずかしながら、巻末の「あとがき」を読むまで、本書の副主人公ベンシオン・ネタニヤフが実在の著名な歴史家とは知らなかった。が、その知識は(弁解がましいが)読解にはまず不要。なんどか思わず吹きだしたり、つい深刻に考えこまされたり、これはコミカルにしてシリアス、まことに味わい豊かなケッサクである。ユダヤ系の高名な歴史学者ルーベン・ブルム(こちらは架空の人物)が20世紀なかば、まだ新米講師だった当時のできごとを回想。ブルムのつとめるアメリカ東部の大学へ就職を志望する、同じくユダヤ系のネタニヤフがなぜか妻子を引きつれ、雪の降るなか、ブルムの家に文字どおり土足で踏みこんでくる。ブルム夫妻はネタニヤフ一家の常軌を逸した傍若無人ぶりにきりきり舞い。そのドタバタ奮戦記はまさしく抱腹絶倒もので、ネタニヤフの濡れた靴下から湯気が立ちのぼる描写など、芸がこまかい。一方、ネタニヤフの履歴や講演内容からうかがえるユダヤ人迫害の歴史の闇は相当に深い。それはむろん、前世紀のアメリカにおけるユダヤ人の社会的地位、ひいては今日の彼らのアイデンティティの問題にもかかわっているが、ここで注目すべきはむしろ、そもそも現代のアメリカに多民族が同化すべきコアがあるのかどうか、という根本的な問いが発せられている点だろう。国民が核心的価値観を共有しない国家はいずれ崩壊する。ところが、「民主主義は無意味だ」とブルムはいう。この彼の宣言はアメリカのみならず、国際社会全体に鳴らされた警鐘と解することもできよう。こうした深刻な要素をはらみつつアハハと笑わせる。奇想天外なケッサクである。