ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Barbara Kingsolver の “Demon Copperhead”(1)

 諸般の事情で長時間の読書、ブログとも夏休みだった。年金生活といえば毎日が夏休みのようなものだけど、それでもあれこれ雑用に追われ、けっこう忙しい。きのうもジムで走っていたら、三番めの孫、アカリちゃんをちょっと見ていて、という連絡が入り、予定を繰りあげて帰宅。文字どおり雑用の一例だ。
 それでも数日前、途切れ途切れに読んでいた Barbara Kingsolver の "Demon Copperhead"(2022)をやっと読了。周知のとおり、2023年のピューリツァー賞と女性小説賞のダブル受賞に輝いた超話題作である。いつ着手したのかも記憶になく、読後から日がたち印象もぼやけてしまったけれど、なんとかメモを頼りにレビューをでっち上げてみよう。はて、どうなりますやら。

Demon Copperhead: Winner of the Women's Prize for Fiction (English Edition)

[☆☆☆★★] 読了後、あっ、と驚いた。巻末の「謝辞」に、本書が『デイヴィッド・コパフィールド』の現代アメリカ版であるという趣旨のくだりがあったからだ。じつは途中、大昔の記憶がおぼろによみがえり、どうもこれ、かの古典と似たような設定なのでは、と思っていた。事実そうだったとわかり調べてみると、貧乏少年が数々の辛酸をなめながら成長していくあらすじは大同小異。たしかにタイトルどおりディケンズの名作の本歌取りである。ただしこの知識、ほとんど不要かもしれない。主な舞台がアパラチアの田舎とあって地方色豊か、そこにアメフトや危険ドラッグといった、いかにも今日のアメリカ的な要素が盛りこまれた青春小説、そしてホームドラマ。それが本書の骨子だ。むろん「貧困が子どもに及ぼす悪影響」(キングソルヴァー)や、里親制度の不備など、デーモン少年が遭遇した障害には社会小説的な題材もある。が、その障害の過半は、彼とかかわる人びとの悪意や利己心に発するもので、それが青春の嵐と家庭の悲劇へとつながっていく。この波瀾曲折に富んだ物語の語り口がすばらしい。一人称で綴られたデーモンの自伝ふうの小説で、若者らしい口語・俗語とりまぜ、70歳近い女性作家の手になるものとはとても思えないほどエネルギッシュな文体だ。それに比例してどの人物も力づよい存在感をそなえ、しかも個性豊か。彼らを書きわける筆力は圧倒的である。反面、デーモンの造形には限界もある。上に「辛酸をなめながら成長」と書いたが、その成長は要するに通過儀礼。あくまで人生経験値の増加を示すものであって、思索による深化とまではいえない。「悪意や利己心」の体験が、人間の心中にひそむ悪の洞察へといたらない点に不満がのこる。もっとも、オーウェルによれば、ディケンズの登場人物は、トルストイの人物たちのように「自己の魂の形成に悪戦苦闘する」ことがないという。この指摘が正しいとすれば、キングソルヴァーは文豪の弱点をも「本歌取り」したことになるが、それはおそらく牽強付会。長大な小説のわりに薄味なのは彼女自身の限界を物語っているのではなかろうか。