ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Trezza Azzopardi の "Remember Me"

 要するに "Eve Green" の場合、主人公の娘の両親に関する謎が次第に解き明かされるのはいいのだが、回想形式なのでサスペンス味は薄いし、示された真相に深い意味があるとは言えないのが難点だ。それにひきかえ、娘の知りあいの美少女が突然失踪する事件のほうは、同じ回想でも劇的な展開を見せるのでかなり読みごたえがある。ただ、真相が藪の中なのはいいとして、そこにどんな意味があるのかという点になると、これまた首をかしげざるをえない。結末が示すように、その謎は両親の謎と同じく、娘の現在の人生にとって核心を占めるものではないからだ。むろん、成長した娘が愛の結晶を産みだそうとしている背景に一連の事件があることは確かだが、それが背景にとどまっていることも間違いない。
 ところが、Trezza Azzopardi の "Remember Me" では、謎の真相と主人公の人生が直結しており、しかも、それが読む者の胸を打つ愛の謎解きになっている点がすばらしい。

[☆☆☆☆] 読了後、表紙を見ると胸にこみあげてくるものがあった。『わたしを忘れないで』という題名と、うつむいた赤毛の少女の写真。この表紙が本書のすべてだ。最初はなかなか本筋がつかみにくい。ジグソーパズルのように過去と現在が交錯し、ひとつの場面が完成するまでかなり時間がかかるうえ、それぞれの場面にもあまり脈絡がない印象を受ける。加えて、暗示に富んだ詩的表現が多く、現実と虚構、事実と幻想の区別もはっきりしないことがある。主人公はホームレスの女ウィニー。大切に所持していたケースを盗まれたあと、娘時代を回想する。神経を病んでいた母、妻を溺愛していた父、厳格な祖父、意地悪な同級生。そんな人物関係や話の輪郭が見えてきたら、そのころにはもう、本書の絵解きに夢中になっている。学力はないが特異な才能をもち、周囲の欲望や悪意に翻弄されながら、けっして純真な心を忘れない孤独で繊細な娘だったウィニー。パズルを解く鍵は赤毛にあるのだが、その意味は終盤まで明かされず少々もどかしい。が、それがわかった瞬間、「わたしを忘れないで」という少女の訴えにきっと胸をえぐられることだろう。語彙的には平易な英語で読みやすいが、前述のように複雑な構成なので油断は禁物。

 …"Eve Green" の主人公の娘もやはり赤毛で、父親の昔の所行のせいで村人から冷たい仕打ちを受けたりするが、まあそれだけのことだ。父はどんな人間だったのか、という興味をそそる伏線に過ぎない。ところが "Remember Me" の場合、謎が解けてみると、祖父に厳しくしつけられたり、級友に意地悪をされたりした副筋のエピソードでさえ、たまらなく切ないものに思えてくるのだ。"Remember Me" は一種の「文学ミステリ」なので、これ以上ネタをばらすわけには行かないが、要は謎にインパクトがある。
 "Eve Green" をめぐってあれこれ論じてきたが、昨日のレビューにも書いたように "Eve Green" だけ見ればけっこう面白い。ただ、ぼくはたまたま、似たような設定の物語を先に二つも読んでいるために、どうしても比較しながら分析せざるをえない。が、こんな小説を初めて読んだのなら星数を増やしていたかもしれない。まったくいい加減なものだ。