世間は三連休だったと思うが、ぼくは土曜出勤の上、昨日おとといの午前中は「自宅残業」。さすがに午後からは仕事をする気になれず、いろいろな理由があってアラン=フルニエの『グラン・モーヌ』を読んでいた。
The Lost Estate (Le Grand Meaulnes) (Penguin Classics)
- 作者: Henri Alain-Fournier,Robin Buss,Adam Gopnik
- 出版社/メーカー: Penguin Classics
- 発売日: 2007/12/18
- メディア: ペーパーバック
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…大昔は『モーヌの大将』、最近は『グラン・モーヌ』という題名で知られる青春小説の古典だが、ぼくにとっては『さすらいの青春』が一番しっくりする。同名タイトルの映画が公開された当時、東宝青春映画のアイドルとして人気絶頂だった酒井和歌子がそれを観て、「わたしはこんな映画が好き」と感想を述べた記事を「明星」か何かで(!)読んだぼくは、「酒井和歌子がそう言うなら間違いないだろう」と思い、まず角川文庫で翻訳を読んでから映画を観にいった憶えがある。
映画のほうは、『禁じられた遊び』の女の子を演じたブリジット・フォッセーが主演ということで評判になった。中身こそあまり記憶にないものの、わが青春映画の一本であることには変わりない。双葉十三郎の『ぼくの採点表』によると、「美しい幻想的な映像」で「詩的ムード豊かに描かれてい」るそうだが、今観るとどんな感想をもつのだろう。やはり同じ時代に観た『若草の萌えるころ』のDVD版は、画面が色落ちしていたのでがっかりした。酒井和歌子主演の『めぐりあい』はBSで録画したままDVDのラックで眠っている。自分一人で観るだけなのに、なんだか照れくさいのだ。
今回英訳で再読するまで小説の内容もほとんど忘れていたが、何度も引っ越しをしたのに本を捨てなかったのは、やはり心に引っかかるものがあったからだろう。映画のシーンを表紙に使った文庫本は本当に懐かしい。角川文庫が初めて映画と tie in させて売り出したころの作品の一つだったのではないか。
老後に読み返そうと思い、数年前に他版で購入した本書だが、最近どうも体調がすぐれず、老後を待っているわけにはいかないと実感するようになった。今以上に頭がボケず、目もまだ悪くならないうちに読んでおかなければ、二度と接する機会がないかもしれない。それが今度、本書を手にとった理由の一つだ。
そんな本は他にも山積しているが、ぼくは毎年七、八月になると「文学の夏」と称し、米英仏独伊露ラテアメの小説、それもなるべく古典を各一冊ずつ英語で読むことにしていたのに、それがこの夏は原稿の執筆に追われて実行できなかった。そこで今年は「文学の冬」と思ったのだが、年末年始の休みでは大作を読む時間はとれない。しばし悩んだ末、フランス文学ではこの小品を選んだ次第である。
読んだ感想は上のレビューに尽きているが、付け加えるなら、少なくとも子供時代を題材に取ればファンタジーは現実味を帯びるものだ、ということである。本書の設定と同じく、ぼくも幼いころ、ある結婚式に出るため遠くの町へ出かけたことがある。そのときの記憶が妙に心に残っていたので、最近、あれは誰の結婚式でどの町だったのかと親に尋ねたばかりだが、あれがもし、モーヌと同様、道に迷った末にまぎれこんだ宴の席だったとしたら、と思うとゾクゾクする。
腐るほど時間のあった学生時代、ぼくは何の目的もないまま、途中下車して知らない街を彷徨したことが何度かあるが、あのときの「迷い子感覚」はいまだに忘れられない。どの風景も初めて接するものだし、二度と再び訪れることがないだろうと思うと、どんなに平凡な景色でも目に焼きついてくるのだ。作り物のファンタジーではなく、ごく身近にある「現実のファンタジー世界」、それが知らない街なのだ。
むろん、それは現実を意図的に変容させた空間であるが、道に迷った場合は偶然に産みだされたものであり、とりわけ幼い子供なら不安や焦燥感も加わり、その空間はまさしく異次元の世界と化してしまう。そんな経験は誰しももっているのではないだろうか。
そういうファンタジーに近い要素がこの『グラン・モーヌ』にはある。ぼくは今まで知らなかったのだが、岩波文庫から天沢退二郎訳が出ていて、それが絶版品切れの状態らしい。天沢退二郎といえば有名な詩人だが、ぼくはその詩よりも童話のほうが好きで、雑誌「宝島」の前身で故植草甚一が編集した「ワンダーランド」創刊第二号に載った『まわりみち』というショートショートに強い衝撃を受けた。ついで名作『光車よ、まわれ!』を愛読したものだが、その二作に共通していたのが「現実のファンタジー世界」なのである。
- 作者: 天沢退二郎
- 出版社/メーカー: ブッキング
- 発売日: 2004/08/01
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- 作者: 生田耕作
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…ずいぶん脱線してしまったが、少々弁解すれば、優れた青春小説とは読者自身の青春時代をあれこれ思い出させてくれるものなのだ。その意味でも『グラン・モーヌ』は掛け値なしに傑作である。昔の映画が本国だけでなく日本でもDVDで入手でき、再映画化作品が公開され、岩波文庫版が復刊される日を鶴首して待っている。