ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Bernard Malamud の "A New Life"

 内職のほうは何とか目途がついたが、今度は本業で大忙し。前回、ユダヤ系作家のアイザック・シンガーでお茶を濁したので、きょうはマラマッドの "A New Life" について書いた昔のレビュー。

A New Life (FSG Classics)

A New Life (FSG Classics)

[☆☆☆★★★] カウボーイもガンマンも出てこないが、現代版の西部劇と言えるかもしれない。主人公は、失意と傷心の街ニューヨークを逃れ、緑豊かな西海岸の田舎大学に赴任してきた新米講師。しかし当然、現実は厳しく、新天地ならではの挫折と苦悩を味わうことになる。型通りと言えば型通りの展開で、新味に欠ける憾みはあるが、読んでいて気になるほどではない。むしろ、マラマッドは小さなエピソードのつなぎ方がうまく、恋愛沙汰や学内政治、学生指導上の問題など、起伏に富んだ話の成り行きにどんどん引きこまれていく。総じて前半はコミカルなタッチだが、後半は哀切きわまりない恋愛小説となり、主人公が苦しい恋にどんな答えを出すか、最後までハラハラさせられる。なお、赤狩りという出版当時の政治状況が背景にあるものの、それはあくまでも背景にとどまっており、そのことも本書が古びていないゆえんの一つだろう。マラマッドには、もっともっと長編を書いてほしかった。英語は特に難解というほどではなく、標準的なものだと思う。

 …マラマッドといえば、昔は角川文庫だったか、街の本屋でもよく本を見かけたものだが、今ではさっぱりで、ユダヤ系の中ではシンガー以上に忘れられた作家の一人だろう。しかも、おそらく英文科の学生でも手に取るのはせいぜい『修理屋』か短編集くらいで、この『新しい生活』となると、ほとんど見向きもされないのではないか。
 しかしながら、これは若い世代が読んでもかなり面白い作品だと思う。マッカーシズムと聞いても、たぶん「え、何それ?」だろうが、ここではそんな政治の次元を超え、古くて新しい恋愛心理の機微が実にみずみずしいタッチで描かれている。逆に言えば、もし本書が政治的主張に終始していれば、とうの昔に本当に埋もれてしまっているはずだ。政治は時代が変われば古びるが、恋の悩みはいつの世も変わらない。
 だが、世間的には事実上、本書は「埋もれてしまっている」。何かの偶然で話題にならない限り、翻訳が復刊されることはまずないだろう。マラマッドの処女長編『ナチュラル』を撮ったバリー・レヴィンソン監督に、ぜひ本書も映画化してもらいたい…と最近、『わが心のボルチモア』をDVDで観て思ったものだ。
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