いよいよ夏到来。そこでしばらく、題名に summer のついた本を読むことにした。
[☆☆☆★★] 二部構成だが、前半は長大なイントロ。とくに事件らしい事件もなく、各人物の性格や心理、関係が少しずつ明らかにされる。ロンドン近郊の町に住む、年下の男と再婚した裕福な女ケイト。前夫とのあいだにできた子供たちとその周辺。目ざとい伯母や口うるさい義理の母。テイラーの語り口はまさに名人芸で、端役の登場場面にいたるまで綿密な情景描写と、実際の会話に心のなかのセリフをはさむ話法を通じて、繊細な感情がさざ波のように広がる。前半の最後で主な人物が一堂に会し、幾筋もの心理の流れが集約される模様は思わず溜息が出るほど。後半、ケイトの亡き友人の夫とその娘が登場すると、さざ波はさらに大きくなる。基本的には男女の微妙にゆれ動く関係がテーマとあって、ことさら深い意味はないのだが、安手のメロドラマとは異なり、どこまでもきめ細かく織りなされる心理の綾が読みどころ。後半の展開は定石どおり、と高をくくっていたら、意外な結末が待っていた。英文学の伝統をひっそりと、しかしみごとに受け継いだ佳篇である。 …何年か前、昔のブッカー賞のショートリストを眺めていたら、71年に Elizabeth Taylor の "Mrs Palfrey at the Claremont "という候補作があるのを発見。思わず目を疑ったものだが、最近、代表作 "Angel"(1957)の翻訳が出たこともあり、かの大女優と同名の作家がいたことを知っている文学ファンも増えてきたのではないか。
本書(1961)は文学史に残る傑作というほどではないが、読んでいるうちに、そうそう、小説はこうでなくちゃ、と思わせる箇所がいくつもあり、テイラーの並はずれた力量を充分に物語っている。特に後半、この男と女はどうなるのか、という月並みな興味が中心なのに、書きようによってこうも面白くなるものかと、つくづく感心した。終幕の展開こそドラマティックだが、あとはほとんど話芸だけで持っている作品である。
小学3年生のころだったか、夏休みの初日の朝、さっそく近所の裏山に遊びに行き、空気そのものが白くまぶしく輝いているような光景を目のあたりにして、ああ、これが夏というものか、と思った記憶がある。この "In a Summer Season" でも、美しい夏の田園風景が描かれている。夏の初めに本書のような佳品に出会えて本当によかった。