ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Abha Dawesar の "That Summer in Paris"

 Abha Dawesar の "That Summer in Paris" を読了。『あの夏、パリで』という題名からいだく期待どおり、いやそれ以上に面白い佳作だった。

[☆☆☆★★] インド生まれの世界的な大作家プレム・ラスタムが、自分に心酔する50歳も年下の女マヤと出会い系サイトを通じて知りあい、そのあとを追ってニューヨークからパリへ…。老いらくの恋を描いたキワモノのような主筋で、たしかにエロスと官能に満ちている。しかしその根底には喪失の痛みと愛の希求があり、繊細なタッチでつむぎだされる心理の糸は目もくらむばかり。プレムの親友で同じく著名な作家パスカルも登場、彼の恋人も処女作を執筆中の小説家ということで、いきおい話題は創作の秘密におよび、その意味でも芸術の香り高い作品である。少年時代から老年までプレムの傷心の記録をはじめ、人生最後の機会として純粋に心の交流を求める姿、はるばるインドからやってきた幼い甥を悲しませないよう長生きを誓う場面など、泣かせる。また、パリ名所のほかモン・サン=ミシェルプロヴァンスなどをめぐる観光小説としても楽しめ、そしてもちろん上のようにエロスと官能、芸術の世界にもひたれる一石数鳥の佳篇である。

 …これは拾い物だ。舞台といい物語といい、こんなサービス満点の小説を 《ドトール》 で読んでいると、外のうだるような暑さも忘れてしまいそうなほど気分は爽快。まさに絶好の緑陰図書である。
 作者はニューヨークに住むインド出身の若い女流作家だが、おフランスが舞台のせいか、ヨーロッパの香りがする小説で、繊細な心理描写はデュラスやモラヴィアを思わせる。が、テーマとしては不毛な愛ではなく、「喪失の痛みと愛の希求」。しかも「エロスと官能」のおまけつきということで、こんな小説を若い(裏表紙の写真から判断するかぎり)美人作家に書かれると、お爺さんのぼくは参ってしまう。
 単に老いらくの恋物語ではなく、芸術論、小説論にまで進展しながら以上のテーマを追求しているのが面白く、加えて過去、現在の人物の出し入れが巧妙で、脇役にいたるまで存在感がある。これで芸術論がさらに創作の本質をついたものであれば、とんでもない作品になっていたことだろう。
 あと、この手の小説のパターンとしては、恋に狂った老人が破滅するというものだが、本書はその定石を踏んでいない。老作家の作品と人柄に惚れこむ若い女の情熱は異常なほどで、女性にモテモテの老人なんてうらやましい限り。主人公になったつもりで読めば至福のひとときを過ごせるはずだ。
 結末は読めるが気にならない。それどころか、『あの夏、パリで』という題名から連想する、ほろ苦いひと夏の恋の物語にとどまらない充実した内容で、ぼくは大いに満足した。