注文していた Will Self の "Umbrella" が今日届いたが、難物の予感。昨日からボチボチ取りかかった W. G. Sebald の "Vertigo" を引きつづき読むことにした。8月からスタートした私的な〈世界文学の夏〉シリーズのドイツ編である。9月なのに夏というのも変だが、昨今の暑さは夏そのものでしょう。
恥ずかしながら、Sebald をまともに読むのはこれが初めてだ。ご存じ "Austerlitz" はその昔、何かの理由で中断してしまった。だから今回仕切り直しを、とも思ったが、この "Vertigo" のほうが短いので飛びついた。
第1部は、ナポレオンのアルプス越えからはじまる。従軍した17歳の少年 Beyle (スタンダールの本名) が主人公で、初体験や片思い、失恋といった恋愛生活が中心だ。後年、Beyle は作家となるが、その作品にしばしば登場する謎の女を通じて、愛の虚妄、克服しがたい愛の障害などが淡々と綴られる。Beyle はその女を実在の人物だというが、架空の存在だった疑いが強く、フィクションが現実を浸食しているような印象を受ける。その現実を現実としてつなぎとめる役割をはたしているのが、Sebald の小説におなじみの写真や図版である。
第2部は1980年に時代が飛ぶ。第1部との関連性は今までのところ見いだせない。いや、フィクションによる現実の浸食という点では一致しているかもしれない。長らくイギリスに住んでいたドイツ人の男がウィーンにはじまり、ダニューブ川ぞいの街や、ヴェニス、ヴェローナなどをひたすら旅する話だ。
ユニークなのは、当初こそ男の友人や、元妻なのか元恋人なのかが顔を出すものの、あとは通常の意味での人物関係がほとんど存在しないことである。旅先で出会った人間の観察はじつに詳細だが、その出会いから物語が生まれるわけではない。希薄な現実を象徴しているような気がする。例によって写真や図版などが挿入されるが、それは「現実を現実としてつなぎとめ」ようとするものではないか。
とても静かだ。むろん事件が起こることもあるが、流れるようなエピソードのひとつにすぎない。美しい風景や絵画についても静かで綿密な描写がつづく。沈黙が打ち寄せる、とでもいおうか。男はやがて不安に駆られ、錯覚や妄想におちいる。めまいに襲われる。不活発。眠り。もうろうとした感覚。こんな人間は悲しく不幸で孤独な存在のはずだが、感傷はいっさいない。……なんだか不得要領の紹介だが、雰囲気だけはつかめるでしょう。