ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ian McEwan の “Sweet Tooth” (1)

 Ian McEwan の最新作、"Sweet Tooth" を読了。ガーディアン紙や米アマゾンなどが選んだ昨年のベスト作品のひとつである。さっそくレビューを書いておこう。

Sweet Tooth

Sweet Tooth

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[☆☆☆☆] うまい、じつにうまい。まさかこんなトリックが仕掛けられていようとは!これぞまさしく愛のスパイ小説、陰謀小説である。開巻、ヒロインのセリーナが冷戦時代、イギリス機密諜報部に所属していた当時、ある秘密任務に失敗して恋人を破滅させたと告白。この出だしからミスリーディングがはじまる。ありきたりの恋愛沙汰、よくある不倫、月並みなラヴシーン、やがて女諜報部員セリーナが標的の男トマスを愛して悩むようになるという通俗的な筋立て――どれもこれも、すべてトリックの一環なのだ。トマスは駆けだしの作家で、その短編小説が劇中劇のかたちで紹介される。が、これまた巧妙に仕掛けられたワナなのだ。女スパイの単純な恋物語かと思わせておいて……。結末は、読者を藪のなかへと誘いこむ。それゆえ、冒頭の一節に立ちかえらざるをえないが、再読して嘆息することになろう。恋愛にかんして深い洞察が示されるわけではないし、魂をゆさぶられることもない。だが、これほど巧妙に仕組まれた愛の陰謀は、そうめったにあるものではない。すこぶる芸術的なエンタテインメントである。