Ivy Compton-Burnet(1892–1969)というイギリスの女流作家がいることを知ったのは、たぶん学生時代ではないか。必要があって英文学史の本を読んでいるとき、こんな作家もいる、くらいの扱いで名前を目にしたような気がする。
その後、小林信彦氏の『小説世界のロビンソン』で、三人の選者による「1945年以降に英語で書かれた小説ベスト13」(1983年当時)の一冊として表題作が紹介されているのを発見。なるほど、Compton-Burnet もいつかは読まないといけないんだな、と思ったものだ。
ここでその13作の原書を挙げておこう。なお、小林氏も指摘しているとおり、どれだけ権威のあるリストかは疑問。
1. George Orwell "Animal Farm"(1945 ☆☆☆☆★★)
2. Evelyn Waugh "Sword of Honour"(1965 ☆☆☆☆★★)
3. William Golding "Lord of the Flies(1954 ☆☆☆☆★★)
4. Elizabeth Taylor "Angel"(1957 ☆☆☆★★★)
5. Kingsley Amis "Take a Girl Like You"(1960 未読)
6. Saul Bellow "Herzog"(1954 ☆☆☆☆★)
7. Paul Scott "The Raj Quartet"(1965–75 未読)
8. Anthony Powell "A Dance to the Music of Time"(1951–75 未読)
9. Graham Green "The Honorary Consul"(1973 ☆☆☆☆)
10. Iris Murdoch "The Sea, the Sea"(1978 ☆☆☆☆)
11. Vladimir Nabokov "Lolita"(1955 ☆☆☆☆)
12. J. D. Salinger "The Catcher in the Rye"(1951 ☆☆☆☆★)
13. Ivy Compton-Burnet "Manservant and Maidservant"(1947 ☆☆☆★★)
というわけで、今回やっと長年の宿題をひとつ片づけたわけだが、正直言って、あまり面白くなかった。ひとつには、ぼくの英語力不足も災いして、よくわからないことが多かった。それはもっぱら、会話の場面である。
ふつう会話では、たとえばAさん、Bさん、Cさんが話し合っているとき、A→B→Cという流れが明確であり、文脈の解読に困ることは少ない。ところが本書の場合、それぞれの→で理解に苦しむ文脈が頻出。なぜBが、Cが、それぞれ直前の発言にたいしてそんな応答をするのか、しばしば釈然としなかった。
そこでやむなく『新潮世界文学辞典』(海外文学ファン必携)を参照したところ、「読者は会話の背後にひそむ人柄や事件を理解するために絶えず想像力の能動的参加を要求される」(工藤昭雄氏)。
ははあ、「想像力の能動的参加」ですか。えらく文学的な表現だが、要するに、読者は首をひねりながらよく考えろ、てことでしょうな。工藤氏も解読にさぞ苦労されたのでは、と想像できるような記述である。と、そう思うとひと安心。ぼくもがんばって最後まで読みとおすことにした。
それからもう2ヵ月。いま振り返ると、「各章ともだれかの発言ではじまり、以後もほとんど会話ばかり。……まるで『会話小説』といってもいいほどだ」という点が最大の特色だと思う。こういうスタイルで「権力欲や支配欲、残忍性、エゴイズムといった人間の負の本質をえぐり出すところに非凡な独創性がある」と評したものの、不勉強につき、こんな小説にお目にかかったのは初めてだ、くらいの意味でしかない。お粗末さまでした。