ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Norman Mailer の "The Castle in the Forest"

 今朝の新聞を見たら、ノーマン・メイラーの訃報記事が載っていた。が、ぼくは今年の2月、最新作の "The Castle in the Forest" を「巨匠衰えたり」と題して酷評しただけに、その死を知っても別に驚かなかった。

The Castle in the Forest: A Novel

The Castle in the Forest: A Novel

[☆☆★★] ヒトラー関連の書物は無数にあるが、今ここでノーマン・メイラーがこの独裁者を採りあげた理由は何なのか。そんな関心で読みはじめたが、正直言ってピンとこなかった。それどころか、巨匠衰えたり、という印象が強かった。ヒトラーに関する最大の謎の一つは、なぜあのような怪物が現れたのかという点にある。これを歴史や政治、思想的なアプローチなど、いわば正攻法で解明しようとすれば屋上屋を架すことになる、とメイラーは判断したのかもしれない。悪魔を登場させ、悪魔の視点からヒトラーを文字どおり悪魔の申し子としてとらえ、その誕生前から家族の歴史の中で描くという着想自体は悪くはない。が、ジョージ・スタイナーも『青ひげの城にて』で指摘しているように、ナチズムの狂気は正気の文化と共存していたのだ。同様に、人間の悪魔性も、正常な精神に発するものであるがゆえに恐ろしい。その恐怖の過程を描いたのがドストエフスキーの『悪霊』だが、それに較べ、本書に出てくる悪魔の活動は児戯に等しいヒトラーの青春期までが物語の大半を占めるのはいいとして、それが後年の怪物にどう結びつくのかよく分からない。悪魔の視点とは、型破りな伝記風フィクションを書くための方便に過ぎないのではないか、という気さえする。ちなみに、巻末の参考文献には、スタイナーやドストエフスキーの名前はない。英語の難易度は、現代の作品としてはかなり高いほうだと思う。

 …この日記では、メジャーな賞の受賞作や候補作は別にして、なるべく4つ星以上の作品についてだけ書こうと思っていたのだが、ぼくの評価基準にも関係することなのであえて採り上げた。メイラーといえば、ご存じ『裸者と死者』で有名な「巨匠」だが、少なくとも最近、この "The Castle in the Forest" ほど、読んで腹立たしい思いをしたことはない。書中、ここから先は本筋とは無関係なので、しばらく読み飛ばしても結構という予告のあと、実際まったく関係のないエピソードが挿入されているのにも驚いた。これでは「昔の名前で出ています」もいいところではないか、と慨嘆したものだ。
 ともかく、本来なら全体主義やジェノサイドという重大な問題にふれざるを得ないはずなのに、それを故意に回避し、戯れ言ばかり並べている点に憤りを覚える。ぼくだって大きなことは言えないが、ここまで人間の悪魔性をおもちゃにしているところを見ると、メイラーは、人間というものがまるで分かっていなかったのではないか。『裸者と死者』をはじめ、彼の過去の名作も、そういう目で再検証する必要がありそうだ。