やっと勤務時間内で仕事が片づくようになり、この土日は久しぶりに本をぼちぼち読むことができた。その成果が次のレビューだ。
- 作者: Kent Meyers
- 出版社/メーカー: Mariner Books
- 発売日: 2005/07/11
- メディア: ペーパーバック
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…05年のアレックス賞受賞作で、Mountains and Plains Booksellers Association Book Award という日本では馴染みの薄い賞の受賞作でもある。この賞は、北はモンタナから南はテキサスまで、ロッキー山脈と周辺の平原を擁する十三州が舞台の作品を対象とするもので、00年には僕の大好きな Kent Haruf の "Plainsong" も受賞している。http://www.mountainsplains.org/regionalbookawards.html
アメリカのローカル・ピースを読んでいて、まさかナチスの話が出てくるとは思わなかったが、それが別に奇をてらった設定ではなく、物語の流れの中で自然に少しずつ紹介され、家族の歴史が少年の心の中で再現される。少年は過去の重みを意識しながら現在を生きている。この話ひとつとっても、これが普通のローカル・ピース、つまり、のどかな地方の風物や人情の描写を主眼とする小説ではないことは明らかだ。
むろん、馬を盗む主筋にしても、青年と牧場主の妻が惹かれあう話にしても、そこには常に馬が絡んでいるだけに地方色豊かだ。いや、冒頭のエピソードからして本書は馬の物語であり、この町の人々にとって馬の存在がいかに大きいかを示している点で、本書はまぎれもなく地方文学の典型と言える。コヨーテの遠吠えが聞こえてきたり、絶滅した狼の思い出が語られたり、たしかに地方の風物もうまく活かしている。
が、とにかく登場人物の心理の掘り下げが深く、それぞれの現在の状況を契機に、過去のエピソードが音楽用語で言えばセグエ、切れ目なく滑りこんでくる。そして回想が終わり、現在にまた話が戻ったとき、その人物はひときわ陰影に富んだ存在となっている。この手法が再三再四、ほとんどの主要人物について用いられるのだ。例外はただ一人、青年が対立する非道な牧場主で、その描写のみ少々類型的だが、あとは非の打ちどころがない。
中でもぼくが心を奪われたのは、青年が牧場主の妻とともに廃屋に足を踏みいれる場面で、この場面と以後の二人のやりとりを考えると、ケント・マイヤーズが安易なメロドラマを排し、行間に感情を思いきり圧縮したストイックな心理劇を書こうとしていることがよく分かる。同じローカル・ピースでも、登場人物がやたら涙を流す今年のアレックス賞受賞作、Pamela Carter Joern の "The Floor of the Sky" とは大違いだ。どちらが読者の涙を誘うかは言うまでもないだろう。
というわけで、ぼくが最近読んだアレックス賞関係では、Ivan Doig の "The Whistling Season" に続き、本書は大いに満足できる作品だった。ドイグの本で万歳を二回唱えたので、これで三度目の万歳だ。